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【みんなで】 中国猛将百選 【決めよう】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 12:11:09 ID:X4iTQwFd0
軍隊の指揮能力や、戦略性、戦術性は度外視し、
純粋な個人の武勇の優れた人物を中国史上より百名選出するスレです。

2 :1:2006/12/27(水) 12:12:43 ID:X4iTQwFd0
選出候補に該当する人物は、
基本的に名将、愚将スレに準拠します。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 12:25:23 ID:WZZ0ZRrdO
張飛に一票。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 13:28:38 ID:+BkRsUoPO
やっぱり項羽は入れないとね

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 13:33:26 ID:5lDL98+e0
夏魯奇

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 13:34:19 ID:3sobTTjq0
ダム建設に反対する住民たちに襲撃を行った将来の共産党員たち

7 :1:2006/12/27(水) 14:12:36 ID:X4iTQwFd0
>>6
マジレスするのも馬鹿馬鹿しいが、
ここでの議論の対象となる人物は近代以降(清滅亡までなら容認)は含まれないし、
そもそも個人が特定されていないので論外。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 15:05:10 ID:WEe2C+mE0
猛達

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 17:19:45 ID:ZM+TjiTb0
やりつそざい

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 19:44:46 ID:FNf8uKbB0
殆ど三国志のキャラになるんじゃない

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 19:56:59 ID:+BkRsUoPO
>>10
さすがにそんなことは無いでしょ
名将百選と同じで三国時代からのエントリーは数人にとどまるんじゃないかな

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 21:38:00 ID:Yvs3FqZ0O
>>1
単純に怪力だったり敵を倒しまくったりしてる奴で良いのか?

とりあえず、春秋戦国時代で知ってるのだと、
南宮長万
慶忌
介子推
荊軻
子路
秦武王
公子彭生


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 22:19:07 ID:5lDL98+e0
例えば、どんなのがいいの?
関羽や張飛なんて、ゴッドクラスよ。 後世の人からは。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 22:28:57 ID:Y8oQLDf00
じゃあ五胡十六国〜南北朝時代なら、

劉曜
石虎
苻洪
冉閔
劉裕
拓跋Z
楊大眼
檀道済
蕭摩訶
斛律光

でだいたい決定かな?
叩き含めて意見ヨロ。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 22:47:25 ID:+BkRsUoPO
まずは順番通りに春秋戦国時代から決めていったほうがいいのでは?

16 :1:2006/12/27(水) 22:52:46 ID:X4iTQwFd0
うん、確かに順番どおり話を進めていった方がいいね。
それと、初出の人物を語る際は、愚将で使用している↓のテンプレを使用して、
まずは簡単な人物解説を行いましょう。
流石に、名前だけじゃ、誰かよく分からん武将もいるだろうし。
実際、俺は14さんが推した武将の殆どを知りません(^^;

【名前】
【時代】
【理由】

17 :1:2006/12/27(水) 22:58:59 ID:X4iTQwFd0
>>13
基本的には史実に沿って評価して欲しい所です。
関羽なんかは、演義や民間伝承で異様に高い評価を受けているかもしれないけど、
そういう史実から外れた人物像は評価の対象外とします。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 23:04:34 ID:5lDL98+e0
>>17 ではでは、その後世いろいろ評価のあがった関羽や張飛に匹敵する、と史書に明記された人なんかは、文句なしになるのかなぁ

19 :1:2006/12/28(木) 01:38:36 ID:KPx3WXvZ0
>>18
>>18
そういう記述も参考にしないわけではないが、
それだけを評価の対象にするのはどうかと思う。
やはり、実際にどれだけの業績を残したのかという点を中心に議論するべきであって、
関羽に比すとか、張飛の如しとか、
そういった記述があるだけで、関羽や張飛と同等の人物だと考えるのは早計であると思う。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 07:38:16 ID:JLEugHZl0
>>19 ごめん、そのまま「関・張に比す」ではなく
「万人敵」とか「辟易す」とか「驍勇冠絶」とかそういうのだった。
とくに史料が散逸した乱期の記録では、その一言で説明されている傳も多い。


21 :1:2006/12/28(木) 10:38:36 ID:KPx3WXvZ0
>>20
確かに群雄割拠の敗者側の武将ってそういう人物多いよね。
俺が好きな元末群雄割拠の時代の群雄陳友諒配下のトップクラスの猛者である筈の張必先なんか、
おそらく最も詳細に記述されているであろう『国初群雄事略』でさえも、
その武勇を評価する記述は、「驍勇善戦、人呼んで溌張と為す」ぐらいしかないからなぁ・・・
中国史全体でも、やっぱりそういう人物は多いんだろうね。

難しい問題だとは思うけど、こういう人物は候補に挙げないほうが良いと思う。
ここはあくまで史実に沿った評価をする場だから、
評価する材料が余りに少ないと、その人物やその人物が生きた時代に興味の無い人には、
候補に挙げられる根拠が少ない分だけ、百名に加え難いと感じてしまうと思う。

でも、史料が少なくてもその少ない史料を有効活用して、
何とかスレ住人を納得させられる位の論を構築できるなら、
レスしてもらっても構わないと思うよ。
やっぱり、議論の対象となる武将は多ければ多いほど
スレは盛り上がると思うから。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 11:01:45 ID:Mqs7Hbgr0
名将スレから、時代区分の一例として

春秋戦国(紀元前771年〜紀元前221年 550年間)
統一秦〜前漢(紀元前221年〜紀元前8年 213年間)
新・後漢(紀元前8年〜紀元220年 228年間)
三国〜両晋(220年〜420年 200年間)
南北朝〜隋(420年〜619年 199年間)
唐(618年〜907年 289年間)
五代〜北宋・遼(907年〜1127年 220年間)
南宋・金〜元(1127年〜1368年 241年間)
明(1368年〜1644年 276年間)
清(1636年〜1912年 276年間)

若干手直しさせてもらったが、多分これが一番公平な分け方だと思う
あっちのスレでは、ひたすら確定10名にこだわるやつが多かったけど
普通に確定+候補で10人以上出していって、あとで絞ればいいと思うんだがね

23 :1:2006/12/28(木) 11:37:54 ID:KPx3WXvZ0
よし、それじゃ、余り議論の規定を話し合ってばかりじゃ始まらないから、
そろそろ本題の武将の候補挙げと、議論を始めましょう。

取り敢えずは、

春秋戦国(紀元前771年〜紀元前221年 550年間) ←ここからね
統一秦〜前漢(紀元前221年〜紀元前8年 213年間)
新・後漢(紀元前8年〜紀元220年 228年間)
三国〜両晋(220年〜420年 200年間)
南北朝〜隋(420年〜619年 199年間)
唐(618年〜907年 289年間)
五代〜北宋・遼(907年〜1127年 220年間)
南宋・金〜元(1127年〜1368年 241年間)
明(1368年〜1644年 276年間)
清(1636年〜1912年 276年間)

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 14:36:16 ID:wHQjwDu5O
なんだかんだいって関羽と張飛は入ってそうだな

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 15:00:58 ID:jf+chLtf0
春秋戦国で候補になりそうなのが>>12で挙がってるね
あと養由基とか。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 15:16:05 ID:XbVMLhSv0
関羽と張飛か。猛将となるとどちらも入りそうだけど、
時代も行動もかぶっているので、どちらか1人にしたい気持ちもある。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 19:29:05 ID:wTyNisof0
>>1
ちょっと待て!
関羽や張飛は陳寿も「兵一万に匹敵する剛の者」と評価するほどの
猛将だぞ。
性格的な欠点を指摘して貶めるようなスレでないのならば中国を代表する
猛将の一人に加えてもいいのでは?

個人的には楊家軍から一人と、耶律休哥も押したい。
楊家で猛将なら楊業、二郎、五郎あたりかな?


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 19:58:21 ID:6yn+hwPD0
荊軻みたいなのを「猛将」としていいのか、という問題もあるな。
「武勇を戦場で発揮した人」とか括りをつけたほうがよくないか?
そうじゃないと清末が武術家で埋め尽くされる恐れもある。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 20:03:05 ID:nxvCkIQ60
>>20
まずいのか?

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 20:29:27 ID:JLEugHZl0
>>27 いきなり飛ばないように。
100人に絞って、あぶれる場合はどっちかっていうと張飛を落とすって意味として捉えておこう。


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 20:51:40 ID:pDbvfUzH0
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトに一票。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 20:59:43 ID:ocUad3ZF0
ネタは却下ですよ

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 22:38:31 ID:S+3eqUct0
【名前】李書文
【時代】清末
【理由】牽制の突きだけで相手を打ち殺す破壊力。
北京の槍の名人をことごとく倒し、「神槍」と謳われた槍術の腕前。
重さ100キロの石を二メートル上に投げる怪力。
清末最強の個人的武勇の持ち主。

34 :1:2006/12/28(木) 22:48:39 ID:KPx3WXvZ0
>>33
時代が違うので、今この人物を議論することは出来ないけど、
個人の武勇を評価するこのスレで、
こういう武道家の扱いをどうするか、
ちょっと話し合わなくちゃいけないかもね。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 23:53:25 ID:mHOLlxAb0
猛将って言えば、白起@秦。
でも個人の武勇と言われると???

あと悪来ってどうなの?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 01:44:31 ID:s5TZbjV50
曹操の護衛の方はどうだろ

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 22:36:21 ID:eyhqux1B0
【名前】李広
【時代】前漢
飛将軍と呼ばれ匈奴に怖れられた猛将。狩猟のとき文帝に襲いかかった虎を刺し殺した。
またあるとき、石を虎と間違えて矢を射て、矢がその石に突き立ったほどの強弓の持ち主。
しかしその生涯は不運の連続で、最後は道に迷って戦闘に参加できなかったことを恥じて自殺した。
李陵の祖父である。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 11:28:00 ID:EIjMkE0y0
>>36
それって典韋のことか?それとも許チョ?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 11:57:20 ID:OEy9PAnY0
虎をも殺す新奇の槍が受けられるか!

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 12:06:44 ID:s5X12EwS0
>>39
典韋には凄まじい怪力が伝わってくるエピソードがあるな。
数十人かかりでも持ち上げることさえ出来なかった大旗を片手で持ち上げたとか。


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 12:08:34 ID:shYmrQ8N0
春秋戦国時代は、車戦が中心だから個人武勇に優れた猛将が
排出しづらい時代背景なのだが、それでも10人選出するの?

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 12:33:15 ID:6W45UPBf0
>>37
異常なまでに強いのに道に迷う
海賊狩りの三刀流剣士かよ

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 17:41:04 ID:gZBe4MFcO
許チョとかもアリなの?

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 17:44:31 ID:EIjMkE0y0
ここまで来て何故呂布が出て来ない?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 19:06:34 ID:cxHRzvgZ0
【名前】 史万歳
【時代】 北周〜隋
【理由】 ・鳥の群れの三羽めを狙って射落とすことができた
・戦で敵に攻められたとき、突っ込んでいって数十人を殺傷した
・罪を得て敦煌の守備兵に左遷されたとき勇名を馳せた。
突厥の代表と一騎打ちをして勝利
・反乱平定する時、二千の兵を率いて七百戦以上戦い、千里を転戦したので
味方と連絡が取れなくなった。朝廷は史万歳が死んだと思っていた
・のちに北方に遠征に行ったとき、史万歳が兵を率いていることを知ると
突厥の可汗は恐れて兵を退こうとした

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 20:04:57 ID:KuegVnkO0
【名前】樊噲
【時代】秦〜前漢
【理由】鴻門の会で劉邦を救ったことで有名な人物。
劉邦の昔からの仲間で妻は呂后の妹、犬殺しを生業にしていた。
自ら取った敵の首は百七十六、捕えた者二百八十八人、将として敵軍を破ること七回、
落とした城は五つ、六郡五十二県を平定し、丞相を一人、将軍を十二人捕虜にした。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 13:38:26 ID:x47zN7HzO
薛安都

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 20:13:46 ID:LxsRirHD0
【名前】花雲
【時代】元末
【理由】朱元璋の挙兵当初から従った黒将軍
・ジョ州攻略戦にて、先鋒として数騎を率い、数千の敵を圧倒。
・数百の賊を相手に三日三晩戦い続け、尽く捕える。
・賊を討伐し、この際に千を超える首級を挙げるも、その身に一矢も受ける事は無かった。
・戦に破れ、陳友諒に捕えられるも、身を震わせて縄を裂き、敵兵から剣を奪って五、六人を斬り殺す。
・船の帆柱に縛り付けられ、全身に矢を受けるも、息絶えるまで陳友諒を罵り続けた。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 22:09:52 ID:NXvtkkc00
【名前】賈復
【時代】新〜後漢
【理由】「朝飯前」の語源になった猛将
・若いころ、役人として同僚と河東に塩を受け取りに行った時、
盗賊に襲われみんな逃げ出したのに、一人だけ塩を持って帰った。
・常に軍の先頭に立ち、体には十二の傷があった。
伏兵によって重傷を負った事もあるが、敵に後ろを見せたことが無く、常に勝利した。
・常に功績第一を目指し、同僚に対しても遠慮せず、侮辱は許さなかった。
しかし、論功の席では無言であり、光武帝は「彼の功績は私がすべて見ている、
述べる必要は無い」と答えた。
・早朝から戦いが続き、昼を過ぎて敵がやっと退却したとき光武帝が「休憩して朝食にしよう」
といったが、賈復は「敵を破ってから朝食にしましょう」といって敵に突撃し、敗走させた。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 03:27:56 ID:Y2s3c1T8O
>>43
三戦の正史オンリーでの数値化スレの武力最強候補じゃなかったか?
(注:世界史板系の数値化スレと異なり、武力は個人武勇)
かなりイカレた武勇伝があったが

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 16:29:38 ID:d6ZjjZTC0


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 17:54:37 ID:aP+Gn1jQ0
三国志なら張遼が第一候補じゃね?
・蹋頓単于斬り
・陳蘭討伐
・合肥防衛
etc.

53 :hatenada:2007/01/05(金) 18:24:06 ID:xFvmk/tFO
私の頭の中を覗くのは止めて。
それから聞いてないことは対応できないよ。こちらの事情も考えて言ってね。
私の思考と体現者は私自身です。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 23:08:45 ID:qGtnEJwf0
名将に比べると猛将はかなり多そう
呂布、関羽あたりも当確?

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 18:56:28 ID:uvjPV9yn0
>>52
張遼は残念ながら菅渡で文醜に完敗。
名将としてなら名高いとは思うが、猛将となると呂布、張飛、関羽の名は超えられないだろう。



56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:28:30 ID:Di3pkicx0
張遼が猛将なら敵の包囲破って牛金を助けた曹仁なんかも猛将になるぜ。
趙雲もそうだし、三国時代だけで猛将だらけになる。
三国からは呂布だけで十分じゃね?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:36:24 ID:/kqhpNxH0
>>55
演義?

>>56
猛「将」なのだからあくまで部隊を率いての活躍であって、個人武勇は評価外だと思うんだが……

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:39:56 ID:eQ2MDNaT0
しかし1には純粋な個人の武勇と書いてある

部隊を率いている身分で、かつ個人的な武勇を発揮した人
を選ぶスレだと思ってたんだが違うのか

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:57:21 ID:/kqhpNxH0
>>58
> しかし1には純粋な個人の武勇と書いてある

がっつり見落としていた。スマン。
まあ、張遼にもそういう武勇譚はあるけどね。
それプラス部隊を率いての猛将と評すべき武功があるんで挙げてみた。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 22:48:19 ID:yHBOBRjd0
>>1には「純粋な個人の武勇の優れた人物」とあるので、
武術家を推挙しても問題は無い。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:04:30 ID:X6hnm7wKO
>>60
しかしそれは「将」ではないだろ
「将」というからには最低限人を少人数でも良いから率いて、戦場に出て貰いたい

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:35:33 ID:yHBOBRjd0
>>62
>>1を良く読め。
「軍隊の指揮能力や、戦略性、戦術性は度外視」と
書いてあるじゃないか。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:36:27 ID:yHBOBRjd0
アンカーミス
×>>62→○>>61

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:36:36 ID:u3LKDs9F0
だったら三国志の武将で殆ど埋められそうだな

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:52:40 ID:tbK0B4hv0
百選というのはやっぱり多いな。
百人も選ぶのって大変だ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 11:11:27 ID:B5/enrzB0
薛安都、楊大眼、尉遅敬徳、秦叔宝、単雄信、程知節、呼延賛、韓世忠

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 12:05:55 ID:+3yIcPKn0
猛将じゃなくて豪傑に言い直した方がいいと思う。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 12:18:47 ID:DvPJyQCdO
豪傑と猛将じゃまた意味合いが変わって来るな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 16:39:14 ID:pI7QcYoAO
【名前】典韋
【時代】三国
【理由】陳留郡己吾県の生まれ。古の豪傑悪来の異名を持つ。容貌魁偉にして瞳は百錬の玉の如く。身の丈は一丈(240cm)近くあった。
山中で虎を追い掛けているところを夏候惇に見出され曹操に推挙された。
その武勇著しく兵士数十人でも支えきれなかった巨大軍旗を暴風吹き荒れる中片手で支え周囲を驚かせた。
大型の武器を好み片方80斤(18kg)もある[双鉄戟]を使いこなした。
濮陽の呂布との戦いで先鋒の突撃隊に志願し雨の如き矢攻めにあいながらも戟を振るって奮戦し、追撃してくる敵にも短戟を用いて敵軍を撃退した。
この戦で世に広く知られ「曹君、幕下の壮士に典韋あり。八十斤の双戟をひっさげて側近に侍す。」と言われた。
曹操の身辺を守って各地を転戦したが、その最後は壮烈だった。
曹操が張繍の降伏をいれて宛城に駐屯した際、張繍の参謀カクの企みで曹操は寝込みを襲われ典韋も泥酔させられてしまった。
典韋は戟を故車児に盗まれ門内に残り素手で数十人を打ち果たし両脇で敵を締め殺すなどして獅子奮迅するも遠巻きに矢で射たれ針鼠のようになり仁王立ちで目を見開いたまま絶命した。
この時典韋は大量の矢を全身に浴びながらも最後まで敵を罵り続けた。そのため敵兵は絶命してからも恐れをなしてしばらく近寄れなかったという。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 16:58:02 ID:D2f7n0Wp0
フィクションが混ざってね?
小説の描写ありなら三国志の人物は有利だな

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 17:31:02 ID:nju2aFCh0
董襲に一票

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 20:50:53 ID:M2WHDJFV0
三国志にかぎらず、演義ものでは腕っ節自慢がわんさといるって。

73 :1:2007/01/07(日) 20:58:54 ID:bX4fkhOy0
>基本的に名将、愚将スレに準拠します。

この規定を忘れないでね。
候補を挙げるだけなら別にどれだけ挙げようが構わないけど、
最終的には各時代で、十名ずつ選抜していくからね。
百傑の殆どが三国時代の人物なんて現象は有り得ない。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 21:03:30 ID:m3HHxjG40
>>73
その前におまえは猛将の定義を決めろ

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 23:32:21 ID:0+8myHFo0
【名前】阿済格(アジゲ)
【時代】清初
【理由】太祖努爾哈斉の12男。はやくから戦場に出て数々の武勲を立てるが
    典型的猪武者であり、しばしば兄の皇太極に苦言を呈される。
    清の入関後は同母弟多爾袞の指示により中国各地で明朝軍を撃破するが、
    その粗暴な振る舞いは多爾袞ですら制止することはできなかった。
    恃みの多爾袞の死後、反対派に監禁され、自ら牢獄に火を放って
    自害。最後までイケイケな性格であった。

76 :1:2007/01/08(月) 12:05:24 ID:gMjA9Q7q0
>>74
分かりました、じゃ、定義します。
まず、以前も言ったけど、ココは史実にのっとった武勇を論じる場であって、
そこにフィクションの介在する余地は無い。

あと、「猛将」の定義だけど、
個人的には「武人」とかにするべきだったと今更公開している。
個人の武勇と将としての器量は全く別物だからね。
でも、「猛将」としてしまったんだから、これで話を進めなきゃいけない。

ただ、救済措置として、大漢和によると「将」ってのは要するに「引率者」の事だから、
何らかの形で人を率いた事がある人間なら(それを史料などで証明できる人)
だれでもOKってのはどうかな?
例えばどっかの寺で弟子たちを率いていた武道の師とかでもokみたいな感じで。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 00:18:31 ID:XaajkvGUO
尉遅敬徳は有力な候補になるんじゃなかろうか

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 17:00:52 ID:Xpkp96yo0
史実でも董襲は強すぎ

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 19:09:09 ID:aVDyVW9E0
水死体で発見される人?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 23:37:12 ID:5sE+5jWV0
楊再興はどうだろうか?

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