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淳于瓊について語ろう

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 22:27:09 ID:diNDRJ+M0
官渡の戦いで袁紹軍の兵糧の護送隊長を務めるも、烏巣で
曹操軍の奇襲に逢い、兵糧を焼き払われた上に鼻を削がれて
処刑された悲劇の武将・淳于瓊仲簡。
彼のことについての史実は正直言って少ないが、彼のファンで
ある私にとっては出来る限り語りたいと思う。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 22:57:10 ID:4Suo+TEf0
この人の事跡は、西園八校尉になったのと、
献帝奉戴に反対したぐらいかな。
もともと結構な名士だったんじゃないのかなあ。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:32:17 ID:9nND2cYl0
許攸ムカツク

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:41:59 ID:Sr3Y8M9J0
淳于姓の人って、漢代に多そうなイメージ

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:42:06 ID:d9EI5Ijk0
4サマゲト
こっち贔屓は◎

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 03:57:49 ID:akFSscDS0
>>2
私もそう思う。沮授と郭図と共に確か都督として軍権を
握っていたね。
>>4
過去に「淳于」の姓を持つ歴史上の人物といえば、春秋戦国時代だと
淳于公(じゅんうこう)に淳于髠(じゅんうこん)、三国志では
曹仁配下の武将である淳于丹(じゅんうたん)、陸遜配下の武将である淳于導
(じゅんうどう)、あと魏の4代目皇帝であり、「高貴郷公」と呼ばれた曹髦の
講師を務めた淳于俊(じゅんうしゅん)、「南柯太守伝」という中国唐代の昔話の
主人公である淳于棼(じゅんうふん)などがいるよ。

特にこの中で有名(?)なのは、春秋戦国時代の斉の威王という君主の政治顧問を
務めた淳于髠で、詳しくは言えないがかなり外交や諫言などがうまく、斉の国の
人からは「弁舌が尽きぬ男」と言われていたそうだ。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 04:00:05 ID:akFSscDS0
http://72.14.235.104/search?q=cache:N0iuZ2v1uyMJ:www.h3.dion.ne.jp/~china/HUMAN3I.HTML+%E6%B7%B3%E4%BA%8E%E5%85%AC%E3%80%80%E6%B7%B3%E4%BA%8E&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1
↑淳于髠についてはここにアクセスしてください。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 04:04:53 ID:akFSscDS0
それにしても、>>2氏の言うとおり、かなりの名士なら、三国志大戦で
武力6、知力3という、あのスペックはないだろう。まあ、「烏巣の断末魔」は
全キャラクターでは使いようによっては屈指の威力を誇るけど・・・・・。

やっぱり知力が3と言うのは駄目だ。淳于瓊には5か6が相応しい。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 13:52:06 ID:akFSscDS0
雷薄ほど人気が無いのか? 淳于瓊は。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 19:09:24 ID:fJFESHTPO
武安国と被る

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 21:41:30 ID:akFSscDS0
ああ、確かに武安国と比べると知名度と史実の無さが同じかもね。
でも、武安国の方は過去のスレではよくネタにして取り上げられていたことが
あったんじゃあないか? それに比べたら淳于瓊なんかチョコチョコとしか
出てこないよ。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:41:52 ID:akFSscDS0
今日の静岡県民から見たTBS番組の「リンカーン」と淳于瓊、何かダブってしまうな。




知名度の低さが。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 00:26:41 ID:G5nAiJYjO
ジャーン、ジャーン!

げぇ!武安国!

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 01:25:18 ID:Z+Maq/I+0
淳于瓊の旦那は、ベロンベロンに酔っ払って職務を忘れてるところに親近感。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 02:18:57 ID:zT7vVoVl0
http://touten.yamashi.wakatono.jp/C7_1.htm#1

↑淳于瓊と曹操のやり取りがここにあるぞ!!

>>14
「正史」ではそんな事実は一切載っていないんだな、これが。
だが、一説では性格は瞬間湯沸かし器の如く短気だったそうな。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 02:21:28 ID:zT7vVoVl0
ジャーン、ジャーン!!


「官渡での恨み、今ここで晴らしてくれようぞぉぉぉ!!!!!」

げげぇ!!! 淳于瓊の怨霊!!!

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 08:23:59 ID:GSfZdIt10
正史では曹操は淳于瓊を降伏させようとしたんだっけ?
でもその前に鼻は削がれてるんだよね。
降伏させるつもりならそんな手荒いマネしなくとも良い気がするんだが。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 11:58:32 ID:jbFDFGi10
曹操や袁紹の同僚だったという事実がいろいろと想像を掻き立てる

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 23:33:10 ID:zT7vVoVl0
>>17
それは言えてる。で、その鼻を削がれた淳于瓊を帰順させようとしたら許攸が
「鏡を見るたびに我らに恨みを持ちますぞ」と余計な茶々を入れたんだよね。

でもあれ、許攸のみならず誰かにそう言わせる様に仕向けたと自分は思ったりも
したのだが、皆さんはどう思う?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 23:43:35 ID:zT7vVoVl0
>>18
私もそれ(曹操、袁紹と共に西園八校尉を務めていたこと)を知った時、
「えっ、あんな大物と昔は比肩するほど偉かったのか!?」と驚いたものだよ。

アーケードゲームの三国志大戦の郡雄伝では十常侍討伐の時の袁紹の戦略に
感心して「あんたについていくとしようか!!」と言って袁紹の配下に就いたと
なっていたよ。あれには笑っちゃったね。まあ、他にも理由があると思うが。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 00:48:07 ID:rsWnt35n0
淳于姓ってなんだか北方系の名前っぽいよな

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 03:21:46 ID:bJmud6XX0
http://members.jcom.home.ne.jp/2231296001/chu-ka/riken.html

新たに「淳于臨」という人物を発見!! ↑ここを参照してください。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 03:25:27 ID:bJmud6XX0
でも南方にも「淳于」とつく人物はいるけど・・・?

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 00:18:36 ID:bnaJ4rsg0
淳于瓊 「私についてのスレッドが立ったか!! ありがたいものだ。」
淳于髠 「何故『淳于』の中で貴方が最も有名なんだ?」
淳于臨 「羨ましいな、オイ!!」

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:09:45 ID:iFfrKRC9O
淳于とは関係ないけど、昔韓国のスポーツ選手に皇甫姓の人がいたな…

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:17:56 ID:bnaJ4rsg0
ああ、何処かのスレッドに韓国にも「皇甫」姓は存在すると
書かれていたね。たしか世界板だったような気がするな・・・・・。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:21:08 ID:bnaJ4rsg0
淳于瓊 「そういや現在の中国で『淳于』姓の人がいるのを聞いた
ことがないな・・・・。」

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:22:30 ID:d8aNFbA3O
俺、学生時代に淳于さんて留学生見たよ

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:25:47 ID:bnaJ4rsg0
淳于瓊 「おおっ、何と!! どんな人だったのか覚えてるのかい?」

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:28:28 ID:d8aNFbA3O
済まんね
話したこともなかった
それよりなんで出世頭?の淳于長が出てこないのよ

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:30:56 ID:bnaJ4rsg0
更に「淳于」姓の人を探したらこんな凄い人がいたよ。

淳于意(前216〜154年?)中国臨床医学の父。
彼についてはこのHPを参照してください。
http://www1.ocn.ne.jp/~seizan/seizan/china/p1.htm
http://www2.accsnet.ne.jp/~kiiwako/histories/buntei4.html

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:33:40 ID:d8aNFbA3O
太倉公か

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:36:51 ID:bnaJ4rsg0
>>30
淳于瓊 「なるほど。まあ、私と同じ『淳于』姓の人がいたのを知って
嬉しいな。」

ちょっと調べたらその淳于長という人は2人いたよ。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:39:18 ID:d8aNFbA3O
俺の言った淳于長は王莽の親戚

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:41:36 ID:bnaJ4rsg0
前漢末、王莽と大司馬の椅子を争った外戚の淳于長のことなんだね?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:43:13 ID:d8aNFbA3O
うむ
つまりもしかしたら淳于氏の王朝が出来てたかもしれんのだよ

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:43:34 ID:bnaJ4rsg0
>>34
被っちゃった!! ごめん。
しかもその人、王莽の親戚だったのか!! とんだミスだ!!

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:45:51 ID:bnaJ4rsg0
王朝・・・・・。それほど凄い人だったのか!!
そうなると中国の歴史ってどう変化したのかな? 想像がつかないな。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:47:38 ID:bnaJ4rsg0
淳于瓊 「ひょっとしたら私の比ではない位かなり名高い人物に
なっていたのでは?」

淳于長 「そうかな?」

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:49:46 ID:d8aNFbA3O
鮮于輔「それより俺を忘れるなよ」

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 01:58:27 ID:bnaJ4rsg0
http://mujin.parfait.ne.jp/mujins/sanguo/s.html#Senu-Ho1

↑鮮于輔についてはここにアクセスしてください。

淳于瓊 「なるほど、結構縁の下の力持ち、という感じが強い人物なんだな・・・・。
って、こやつ、官渡の戦いでは我々袁紹軍の敵だった男ではないか!! まあ、いいけど。」

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 02:06:25 ID:bnaJ4rsg0
皇甫嵩 「そういやお主、昔『「むむむ」して「なにがむむむだ」されなければ神』という
スレッドで迷当大王と虎牢関で一戦を交えていたな。あの後どうなったんだ?」

淳于瓊 「一応和解したんだ。それ以来何も音沙汰がない。」

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 03:20:19 ID:BKLP3vbo0
SF小説の話だが銀英伝で同盟の総参謀長となった人物「チェン・ウー・チェン」は
漢字で書くと「淳于○」になるらしい。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 03:42:55 ID:bnaJ4rsg0
>>43
淳于瓊 「何かそういう大物の人が『淳于』姓を受け継いでくれると
いうのは非常に嬉しい限りだ。調べてみたがその『チュン・ウー・チェン』という
人物、『パン屋の2代目』というあだ名があるんだね。親近感が湧いてきたよ。
ちなみに『チェン』がつく人物の代表としてジャッキー・チェンのほうで調べたら
漢名が『成龍』となっていたぞ。となるとそのチュン・ウー・チェンの
漢名は『淳于龍』か『淳于成』ということになるかも知れない。まあ、
これは私の完全なる憶測だけど。」

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 03:55:13 ID:bnaJ4rsg0
淳于瓊 「更に調べたら彼、『民主主義に乾杯』という名言があるんだな!!
いい言葉ではないか!! 殿(袁紹)には真に申し訳ないが、実は、劉備みたいな
多くの人から慕われる人物が国を治めるべきだと常々思っていたのだよ。
殿は晩年、人間不信みたいなところが出てきたから劉備には劣ると考えざるを得ない
と思っての苦言だが。まあ、殿を弁護するならば、ある文献では殿が亡くなった時、
『領民の多くが(袁紹の死に)涙を流した』と書かれていたな、うん。

ん? そう考えると殿もわりかしチュン・ウー・チェン殿に共通している部分が
あるような気がしてきたぞ。」

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 07:09:23 ID:xuugFoyl0
ただのネタスレかと思ったら、意外にクオリティ高くて驚いた。
このスレには末永く頑張っていただきたい。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 09:18:00 ID:blU5MWpbO
じゅんうけいはからだをはって「さけはのんでものまれるな」とおしえてくれましたとさ。

とっぴんひゃらりのぷ〜。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 15:15:59 ID:YZvcQUU10
関連wiki
http://wiki.ninki.org/wiki.cgi?p=%bd%df%d0%b2%e0%fb%a4%cb%a4%c4%a4%a4%a4%c6%b8%ec%a4%ed%a4%a6


49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 16:13:28 ID:S3+rlAFw0
>>8
亀だが、DS版大戦のオリジナルで、
武7知5募というコーエーでは有り得ない能力になってる。

正史でも堂々とした男だったらしいから、コーエーでも武力80くらいは欲しいね…

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 21:38:32 ID:moC68kyeO
携帯三国志だと何と武力86!

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 22:26:00 ID:+Wkw/1i60
あんまり変わらないだろ。
あそこはそういうところだ。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 22:55:37 ID:bnaJ4rsg0
>>45
淳于瓊 「教えてくれてありがとう!!」

>>49
それでも私はあのカードの淳于瓊の方が真の姿だと思ってます。
因みにカード裏に書かれている人物説明も面白く、カードの方は
「正史」の方の説明で、DS版の方は「三国志演義」の方の説明が
記されているよ。
 あとよく考えると、SEGAは彼の事を重宝してるような気がする。
理由はVer.1では計略「烏巣の断末魔」を士気満タンの12で発動させると
武力が18だったのにVer.2になると士気満タンの12で「烏巣の断末魔」を
発動させると何と26まで跳ね上がるよ!! しかも効果時間もまた5カウントから
6カウントに延長したときた!! 彼の大ファンである私にとっては滅茶苦茶
嬉しい限りだが、三国志の中で目立たぬ存在という感じが強い彼を何故そこまでして
強くさせるのかが不思議。
(※ただし「烏巣の断末魔」はVer.1の時は士気が0.5〜1増えるごとに武力が
1つずつ追加されていたのだが、Ver.2になってからは士気7.9までは1つずつで、
8からになると0.2〜0.3増えるごとに武力が1つずつ増加するようになった。欠点と
いえば兵力が少ない時、あるいはダメージ計略を持つ武将がいる時に発動させるとそれらの
攻撃により、「撤退→士気が0になる」という可能性が高いことだろう。)

>>50
凄いな、それは!! シリーズを追う毎につれて淳于瓊の武力と知力は
減少する一方だったのに、Koeiも彼の事を見直し始めたのかな?

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 22:57:12 ID:bnaJ4rsg0
間違えた。
感謝するべき方は>>45ではなくて>>48だった。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:00:18 ID:bnaJ4rsg0
>>46
淳于瓊 「そう言ってくれるととてもやる気が出る!! 本当、嬉しいね!!
感謝の一言に尽きます!!」

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:07:00 ID:zTiGVrZ90
面白い身が無いかも知れんが、光栄三国志でいうなら武力統率知力は70台欲しいよね。


ってか、このスレ意外と盛り上がってるなw

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:09:16 ID:d8aNFbA3O
五鹿充宗とか東郭咸陽とかもよろしく

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:09:36 ID:bnaJ4rsg0
そういや「三国志演義」では酔っ払って部下に暴力を振るったとも
書かれていたような気がするけど・・・・・。

やっぱりそんな事を羅貫中に書かれるくらい気性が激しい人だったのかな?
淳于瓊氏は。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:12:37 ID:C9QZrGM80
>>57
そんなの演義の創作だろ。
実際は西園八校尉に選ばれ、
袁紹陣営の最高幹部だった名士。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:25:31 ID:bnaJ4rsg0
>>56
初めて聞く名前なので調べた所、五鹿充宗はあるサイトによると、
「易学の大家として元帝の寵愛を受けると、他の学者がこのオヤジの背後に
ある皇帝の権威にビビって手加減してやってるのに、ソレを自分の学術の
レベルと勘違い!結果、調子こいて『ワシは天下一の学者』とほざいていたが、
皇帝の権威をクソとも感じない朱雲に5秒で論破され、赤っ恥掻いた挙げ句、
地方に飛ばされてしまった。」と書かれていたよ。

一方、東郭咸陽は前漢の大農丞(今の経済産業省大臣か?)で、塩の専売に
力を入れて政財界に影響を及ぼしたという、経済のプロらしいね。

私なら東郭咸陽に肩を持ちたくなるね。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:29:20 ID:bnaJ4rsg0
>>58
そうだよね。
私としては顔良、文醜、張郃と並べて袁紹軍の
四天王として祀りあげたいよ。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:30:35 ID:d8aNFbA3O
大司農丞だと副大臣かね

ついでに吾丘寿王とか息夫躬とかもよろ

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:39:43 ID:bnaJ4rsg0
>>61
いくら数少ない複姓でもやっぱりたくさんいるからね・・・。調べるには
非常に大変だよ!! こちらも忙しい時はあるし。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 00:45:54 ID:vPNjU+Lz0
2字姓だと司馬諸葛とか

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:15:13 ID:hI6Jtsgl0
吾丘寿王は前漢の碁の名人で、「『蒙求』徐注本標題」というサイトによると
「寿王議鼎 杜林駮尭(人々が周鼎とする宝鼎を漢鼎だと主張して帝に喜ばれ,
杜林だけは郊祀に漢の創業に関与しない尭を祭るべきではない)」と主張したと
載っていたよ。また四文字熟語サイトでは寡二少双(並ぶ者がいないこと、二人と
いないこと。「寡二」も「少双」も二つとない意味)というのがこの人の伝記
(漢書「吾丘寿王伝」)にあったそうで、この四文字熟語の生みの親らしいことを
書かれていたよ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:17:48 ID:hI6Jtsgl0
>>63
あと「皇甫」、「夏侯」もね。

あと「武安国」が気になるんだけど、あれは「武」が姓なのか?
それとも「武安」が姓なの?

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:21:24 ID:v0DxTpZDO
ジャーン!ジャーン!

げぇっ!武安!

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:23:35 ID:hI6Jtsgl0
息夫躬については、漢書・息夫躬伝という所に「先入主となる
(せんにゅうしゅとなる・ぬしとなる)・・・始めに覚えた考え方に固執
(こしつ)して、その後の変化について正しい判断理解ができないこと。
第一印象に支配されること。」という諺が記載されていたみたいだけど、
この人自体何をした人かわからないよ。

誰か教えて!! お願い!!

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:26:02 ID:5Dsg3xlRO
上官
公孫
梁丘
陶丘
叔孫

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:27:46 ID:5Dsg3xlRO
>>67
漢の哀帝時代の人
哀帝の知恵袋として建策した

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:28:54 ID:hI6Jtsgl0
>>66
そうなのか!? 「武安」が姓なのか!?
あと刑道栄もそうだな。「むむむ」の時は淳于瓊と手を組んだ
木鹿大王に捕らえられたシーンが印象に残ってるよ。

実際は劉備の荊州攻略戦で趙雲に仕留められたけど。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:31:16 ID:hI6Jtsgl0
>>68
おおっ、こんなにあると何か華やかに見えてきたぞ。

>>69
ありがとう、覚えておくよ。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:33:11 ID:hI6Jtsgl0
「むむむ」で思い出したが、あと曹操の謀士の一人である戯志才も
姓が「戯」なのか「戯志」なのかが分からないな。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:34:52 ID:5Dsg3xlRO
公仇
士孫
成公
王弘
毋丘

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 01:37:05 ID:5Dsg3xlRO
>>72
「戯」が姓だよ
三国志原文から分かるよ

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 02:12:50 ID:hI6Jtsgl0
>>74
ありがとう。
>>73
更に増えてる!! 毋丘倹や士孫瑞を見落としてたな!!

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 03:54:27 ID:dJLUrj9B0
濮陽
邯鄲
令狐

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 04:24:45 ID:hI6Jtsgl0
>>76
「濮陽」だと濮陽興、「邯鄲」だと巫師・曹吁とその娘の曹娥の
エピソードを碑文にした邯鄲淳という人がいたね。後に蔡邕が
その碑文を読んだ後、「黄絹幼婦、外孫韲臼」と大きく書き、
曹操がその文章を「絶妙好辞」と解いたんだよね。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 04:25:47 ID:hI6Jtsgl0
あと「北宮」、「鐘離」もいるね。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 05:59:18 ID:s5nf+Vpj0
信陵君
平原君

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 06:12:13 ID:v0DxTpZDO
金環三結

創作にしてもこの名前は一体何なの?


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 08:10:31 ID:BhSbpME40
太史慈のこともたまには思い出してあげてください

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 12:54:20 ID:hI6Jtsgl0
>>81
淳于瓊 「済まん!! 忘れてた!!」

太史慈 「ショック・・・・・。」
太史亨 「父上の存在を忘れるなんて無礼な輩だ!! 訴えてやる!!」

淳于瓊 「え〜っ!? それで訴えるのか!?」

果たして太史慈の存在を忘れていた淳于瓊から慰謝料は取れるのか?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 13:30:38 ID:hI6Jtsgl0
(ナレーター・武田広)
ここで今回のポイントを説明しよう。

1・淳于瓊は自分の事の他、複姓の方々の事をも知ってもらおうと
いう目的でこのスレッドを立ち上げた。

2・太史慈は自分の出番が今か今かと待ち続けていた。

3・しかし淳于瓊は太史慈の事を完全にド忘れし、決してわざと
存在を無視していたわけではないと主張。

4・しかし太史慈の息子の太史亨は名高い父の存在を忘れるのは
遠まわしに侮辱していると主張

以上の点から果たして太史慈は淳于瓊から慰謝料は取れるのか?

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 15:34:05 ID:SAwtQoRj0
呼延
尉遅
暮容
東門
西門

異民族が漢化したときはたいがい複姓になるけどな。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 16:47:41 ID:QyNIP1Fx0
朝鮮
民族にも、南宮、鮮于、諸葛、皇甫、独孤、司空、東方、西門
などの二字姓がある。

どれも中国固有の二字姓じゃんw

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 17:50:07 ID:67ZQ/iow0
誤記という噂もあるけど、
傅士仁もいれてやってくれ。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 19:06:15 ID:v0DxTpZDO
誰ですかそいつはw?

史天沢とかもいるわな。
那律とか兀顔とか完顔とか漢人以外だと沢山いるな。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 21:23:24 ID:/VGOq0ss0
>>87
史天沢は、姓が史、名は天沢。
二字姓ではない。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 21:29:35 ID:hI6Jtsgl0
宋、金と争った遼、または西遼の王家は確か「耶律」だったね。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 21:31:01 ID:hI6Jtsgl0
鮮卑だと慕容の他に「宇文」、「拓跋」が有名だね。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 21:42:29 ID:CRZmokf7O
「第五」っていう姓もあるね

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 22:55:00 ID:5Dsg3xlRO
第二もあるよ
斉の田氏が関中に移住する時に到着した順番に由来する姓だから

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 14:01:31 ID:YsjaIYZD0
当たり前だけど、清王朝の王家「愛新覚羅」も忘れちゃいけないよ。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 16:05:55 ID:zoAucpa8O
こうやって異民族の姓の話が盛り上がる中、完全にシカトされるモンゴル
(いや仕方ないのだが……)

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 17:27:32 ID:/szxDOHwO
五応星?だか何だかもいたよな?応の字間違い臭いが。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 23:02:47 ID:xfqTIAlR0
鍾離

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 23:49:52 ID:YsjaIYZD0
何だか淳于瓊からかなり離れていってるような気がするが・・・・・。

>>94
モンゴルは漢名の姓を持たないでしょうに。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 00:03:09 ID:mQZz1nGh0
鍾離の代表人物・・・・・鍾離昧、鍾離斐、鍾離牧

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 00:23:45 ID:LuhIAfxV0
袁世氏

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 00:55:03 ID:lvM+xvSQO
>>95
水滸伝でそんな名前の人居たような気がする

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 01:11:35 ID:rrOd5uNgO
欧陽菲菲の欧陽は紀元前からの由緒ある姓

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 09:39:05 ID:07x9UfV0O
>>97
だから「仕方ない」

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 00:20:36 ID:SjGXGfmj0
>>100
それ違う。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 19:07:51 ID:ojufaWkc0
高堂隆を忘れてました

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 19:43:29 ID:mekCrCqwO
聞人を忘れてた

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 19:53:04 ID:k63wjtpL0
>>100
五の字が違う。伍ね。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 03:56:20 ID:knIdqLTj0
蒋義渠、眭元進はどうなんだ?

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 19:48:43 ID:ZYfdnYxV0
確証はないけど普通に蒋や眭はいるから一字姓二字名だろう

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 20:43:11 ID:t69x7wpF0
淳于衍はどうなったんだろう…
やはり処刑されたのかな?

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/14(木) 01:00:39 ID:1P59PEmZ0
殺されたか病没かは不明だ。白泉社コミックスで「お嬢様と私」というのが
あって、そこに女医・淳于衍が出とるよ。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 03:21:41 ID:Xpkx+n5s0
淳于瓊 「淳于姓がこんなにいるとは・・・。ありがたい。ところでこの
スレッド、やや過疎化しているから次からは『淳于』がつく人物や複数姓の
人物をそれぞれ呼ぶかな?」

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:23:39 ID:Xpkx+n5s0
淳于髠 「お主が呼ぶというから来ましたぞ。」
淳于瓊 「やあ、相変わらず小柄だな。酒飲み過ぎてはいまいか?」
淳于髠 「いやいや、もう控えてるよ。」

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/18(月) 00:43:54 ID:DuB/WHsQ0
淳于長 「クソッ、王莽がいなかったら私が漢王朝を仕切っていたのに、何故天は
王莽なんぞを生んだんだ!! あやつなんぞ、漢王朝を乗っ取り、新たに『新』と
いう王朝を建てて民を苦しませた悪の権化ではないか!!」
淳于瓊 「今更嘆いたって何も始まるまい、ここは我慢のときだ。いつかお主の出番は来るよ。」
淳于長 「まあ、そうだけどね・・・。」

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 03:27:12 ID:o8SaEx0U0
淳于丹 「我々って目立たないな・・・。」
淳于導 「うむ。わしなんぞ夷陵の一戦で偵察部隊として散々に蜀軍に叩かれたものの、
これがかえって陣営の情報が沢山入ってきて、結果、陸遜将軍に勝利を貢献したんだよ。
なのに世間はわしのことをあまり評価してくれないんだ。おかしいよ、トホホ・・・。」

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 12:44:58 ID:Ph73ZbEd0
淳于瓊スレ、なんで伸びてるんだろうw

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 16:59:32 ID:nngqA2MuO
たぶん鮮于輔の人柄のお陰

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 01:44:27 ID:GRyVF1A70
鮮于輔 「私のほかにも『鮮于』の姓を持つ人物がいるはずだけど・・・・・。
来てくれないかな?」

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 21:58:43 ID:EKmNIsz70
>>117
鮮于丹「あいよ」
鮮于銀「同志の俺を忘れるなよな」

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 23:18:47 ID:Q30mDor90
鮮于輔 「ありがたい、これなら淳于瓊にある程度対抗できるぞ!!」

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 03:25:59 ID:NrbQOJ4RO
食糧庫を夜襲され、敗北決定的な失態を犯したばかりに
1800年後に至るまで小説、マンガ、ゲームで数えきれぬほど夜襲されまくる彼を見る度に心に戒める
お 酒 に は 気 を つ け な け れ ば

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 18:00:05 ID:kvDmm5J/0
自分が考える淳于瓊のイメージ

「三国志演義」―→ ぐうたら、情けない

「三国志正史」―→ 勇猛果敢な武将、度胸がある

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 19:25:02 ID:hxQXp62U0
昔、テレビで少年時に日本兵に可愛がられたお爺さんで、

上等兵閣下

という五字姓の人を見た記憶がある。
当然、全中国の中で一つだけの姓だとのこと。
もちろん、ナチスの総統閣下とは関係無い。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 23:27:57 ID:LJl9pJyf0
>120
董卓、袁紹なんかは負け役なりにいいところも見直され、曹操なんかヒーローとして
漫画にもなったのに淳于瓊ときたら・・・


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 23:32:31 ID:tpO3Nq3v0
淳于誕「淳于瓊殿!北魏より援軍に参ったぞ」

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 02:03:26 ID:7geJx+xm0
淳于瓊 「おおっ、ありがたい!! 曹操が新たに設置した兵糧庫に目を付けて
困っている所なのだ!! お主の力を是非貸してほしい!!」

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 02:05:28 ID:7geJx+xm0
淳于瓊 「淳于誕殿、その兵糧庫の場所はここだ!!」↓

http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/charaneta/1166243696/l50

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 22:18:13 ID:z/VPj47T0
淳于瓊 「淳于誕殿、移転だ!! ここに来てくれぬか!?」
http://etc5.2ch.net/test/read.cgi/charaneta/1166243696/l50

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 13:56:41 ID:SM4U5TFl0
中国の苗字ワースト3は
1位が難氏 倭国の使者の難升米の子孫?
2位は死氏 異民族系らしいが聞いたこともないしすごい苗字だ
3位は山氏 晋の竹林の七賢の山濤で有名だがこっちは滅びてて岳飛の子孫が山氏と改名したのが祖らしい

ワーストっても2000人ぐらいいるみたいだから数人しかいない日本の苗字とt比べたらまだまだだけど

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 22:56:40 ID:ElQTC0C60
「死」という姓は確かにビックリだな。この姓を初めて名乗った祖先は
一体、何を考えていたんだろうな。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 23:50:12 ID:DVu89Rt80
2字姓でけっこう凄い人物いるよね
孔明しかり晋王族しかり暮容垂しかり朱元王章…はもう2字姓ばかりか

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 09:30:01 ID:cx2UuNYZ0
>>130
晋の王族のどこが有能なのかと、詰問したくなる
八王の乱あたりを調べるか、世説新語を通読してからまた来てください

あと、朱元王章ってだれ?

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 21:06:16 ID:xbzzM83R0
>>131
「朱元璋」の事らしい。「璋」の字が上手く出てこなかったんだろうね。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 21:56:57 ID:xbzzM83R0
淳于瓊 「う〜む・・・・・。ここでは私はどうも、複姓の人物を呼び込む力が
あるのだろうか・・・・・? それはさておき、司馬一族が早くも衰退の一途を
辿る羽目になったのは初代皇帝の司馬炎が中国を統一した途端にだらしなくなった
のがそもそもの原因だろうな。また、一族を各地の王に仕立て上げたのもまた却って
その八王の乱の引き金になったとも取れるような気がする。まあ、仕立て上げた
だけではこんな大乱は起こらないけど・・・・・。」

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 04:55:22 ID:amtQUo4O0
司馬氏は不遇のうちは英明だが権力を握るととたんに堕落するとどこぞに書いてたけど割りと的を射てると思う

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