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【仁】最高の君主【徳】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:22:11 ID:1aMYzW9J0
尭≧舜>ウ≧周公旦で決まり!!

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:14:19 ID:XeTiTTr80
古代の伝説上の人物より、もっと後代の皇帝たちの中で、
「仁」「徳」と評されるべきは誰だろうか?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:20:17 ID:BcUz2vZIO
周公旦を君主に入れるとは、王莽のようだな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:21:12 ID:Aq8FuxDz0
宣統帝溥儀

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:27:07 ID:IRWHXrSX0
清なら康熙帝

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:34:48 ID:zE6GKtnW0
雍正帝

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:37:00 ID:XeTiTTr80
「仁」「徳」だから、名君であっても、残酷なことしていたらアウトか?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:40:26 ID:pE1WXTdV0
1で結論が出たんだからもう良いじゃないか。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:46:59 ID:IRWHXrSX0
前漢の文帝、後漢の光武帝、唐の太宗、宋の太祖なんかはどうなの

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 05:34:22 ID:KPcL+uiDO
仁といえば宋襄公

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 07:45:08 ID:POHaDn/Q0
仁徳天皇

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 15:21:42 ID:Yj0oFzg0O
劉秀と趙匡胤のツートップに決まってる

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 15:28:30 ID:z4OdVvci0
清の歴史家の趙翼によれば
趙匡胤>李世民>漢の武帝=始皇帝
だそうな


14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 17:30:35 ID:KlBX71mn0
>>13
 どういう基準なんだ? それ?

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:41:39 ID:ixilzAu00
仁宗か徳宗しかおるまいよ…

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 20:04:56 ID:+vCx6OGNO
じゃあ司馬徳宗か…

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 20:11:22 ID:ixilzAu00
いや、それ安帝だし…

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 21:19:15 ID:Pc1nlmza0
春秋期は、晋の文公、楚の荘王あたりか。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:24:40 ID:ViycpXpl0
春秋期になると細かいことは分からんしな

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 12:50:04 ID:aWzovnDU0
>>14
文武のバランスがとれているか、後ろめたいことがないか。
だったはず。
で、軍閥出身だけど節度使の割拠を防ぎ、先帝の遺族を優遇したり、士大夫保護したりしてるから
宋の太祖がぶっちぎりなわけ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 14:49:02 ID:9qknhmrB0
>>20 細かいが、より正確をきするなら…
趙匡胤が節度使を兼任したのは、陳橋の変の2年前。
といって、任地にいたわけではないので、軍閥=藩鎮としての名望ではなく、禁軍の大将としての名望だった。
そして、最初に手がけたのが禁軍将帥の兵権奪取で、節度使のそれは太祖期にはまだ完全になされていない。
抑藩というかたちで制御したに留まったが、多少の不満を言うものはいたものの、抵抗されなかったのはすごいこと。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 15:00:45 ID:U0i1BNfzO
司馬炎に決まってるじゃんあの一番有名な三国時代を統一した英雄だぞ   
人格者で天才なんだよ

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 17:46:08 ID:wpIMDmqQO
治世の世なら劉禅だな
家臣の独裁政権を許せる唯一の名君

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 18:32:26 ID:Qhlb+7Xr0
李世民ってあれだろ、兄弟を家族もろとも皆殺しにして親を脅迫して帝位を奪
った極悪人だろ。しかも歴史家まで脅して捏造する小人ぶり。救えない奴よ。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 18:41:39 ID:9qknhmrB0
でも民は救えたな。 よかったよかった。
これぞ、名君。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 19:30:55 ID:Qhlb+7Xr0
>>25
李世民は名君だが仁君ではない。朱元璋だって民は救っている名君だ。それと
どうレベル。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:21:03 ID:9qknhmrB0
>>26 レベルの高い同位置だな、それ。
ボンクラには想像もできないような統治手腕と忍耐と人事の適正があってできることだ。
殺された方は未知数で比較はできないが、少なくとも殺したほうがこんなに名君で当時の人は、助かったことだろう。
暴君であれば目も当てられなかったが…
後半、高句麗に負けているが、それは宋太祖だって北漢に負けている。
ことさら貶める必要はないって。
名君になろうと努力して、そういう評価と荒れた国土を回復させただけで十分だろう。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:45:55 ID:jedoNW/Q0
宋太祖は北漢に勝たなきゃならん理由があるが
唐太宗の高句麗征伐は完全な自己満足だから
同列に語るのはどうだろう?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 21:19:47 ID:9qknhmrB0
たしかに。
同列に置くのは軽率な発言だった。 そこは訂正します。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 23:20:32 ID:LgbViBId0
>>21
人望があったんだろうな


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:17:22 ID:UZXjj6+RO
切磋琢磨の衛武公が「徳」部門では最高の名君じゃないかい?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 03:42:00 ID:eh5j2uc20
>>20
その基準だと後漢光武帝もトップクラスだな。
簒奪ではなく自力で創業した分、後ろめたさの無さにかけては宋太祖を上回る。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 07:18:25 ID:jy0+2d8p0
光武帝はトップクラスというか、トップだろうな。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:10:20 ID:DRUuBGo10
確かに皇帝個人としては光武帝は非常に優れていると思うが、
後漢というイマイチな王朝の創始者というところがどうにもなあ。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:14:47 ID:5HGlGIY60
イマイチというなら宋だってイマイチだったさ
共通点は暴君は出ないが暗君は出る

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:45:09 ID:XTCBwEus0
つまり王朝の性格がハデな方がいいと?
堅実なイメージはあるが、そのイマイチという認識(一般的だろうなぁ…)にすっげー不満アリアリ。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 21:10:20 ID:5HGlGIY60
個人的にはそんなイマイチな王朝が俺も好きだけどね

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 00:46:18 ID:NvFOy9KG0
後漢っていまいちか?
前漢、後漢、唐、宋、元、明、清をいけてる順にすると、どんな感じ?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 01:58:21 ID:sczrkyRy0
派手な王朝だと民衆は外征に駆り出されて大迷惑。
結構内乱も多いしな。
統一国家を維持できていれば、イマイチ王朝の方が民衆は幸せで内科医?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 02:01:21 ID:iuJkv9ah0
後漢、宋、明なんかはその例かな

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 12:52:25 ID:yQpFrdGM0
元はもう考慮の外として(フビライ期の外征の多さと、後継者たちの政治不在は酷すぎる)。
宋>清>明>前漢>後漢>唐 こんなとこかな。
後漢と唐は一時期を除いてとにかく規模の大小問わず反乱内紛が多すぎる。その点では
前漢のほうがまし。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 18:33:33 ID:1kk6Cs2h0
東アジアに与えた影響という点で、唐は無視してはいけない王朝。
しかもこのとき、ユーラシア規模で、巨大国が揺らぐという共通の事象がみとめられるので、より象徴的なものとしても捉えることができる。
内実は>>唐は一時期を除いてとにかく規模の大小問わず反乱内紛が多すぎる<< に尽きるが、民族が多国籍化した王朝としては統一への求心力を、最後の最後まで保てたのは、結構すごいことだと思う。
結局は、内部の人間(朱温)によって乗っ取られたわけだからね。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:36:20 ID:iuJkv9ah0
ドコまでを民衆とするかだ
富豪連中まで含めるなら明が圧倒的に豊か

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 02:05:43 ID:TxBln8m20
>>41
内紛反乱の多さなら明だって負けてないだろ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 15:21:42 ID:ITguuZLR0
実は民衆にとっては、武則天なんかが一番いい君主なんじゃ・・・

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 16:21:40 ID:N7JhhCox0
>>31
衛武公って春秋時代の武公和ですか?
兄貴を殺して君主になっているから、業績から考えて唐太宗に及ばないのではと思います。
お爺さんになっても諫言に耳を傾けたいうことは素晴らしいと思いますが。
世界史板の春秋戦国スレで聞いたら、過去の「瑕」が彼を名君にしたんじゃないかって言ってました。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 18:41:54 ID:YMY+IHcf0
>>45
貴族官僚弾圧と寒門からの人材登用は高く評価されていい。
密告制度も民衆の政治参加という面で語ると名君という評価も当て嵌まる。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:31:20 ID:JQNVrffk0
衛の武公よりは魏の文侯の方が上って気もする

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:49:07 ID:9yglEGdLO
>>45 >>47
確かに善政をしいてるケド個人的な人徳については大いに問題あるよなー

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 08:54:41 ID:a2JR5tLr0
覇王項羽だな
戦う君主最高

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 11:01:32 ID:0DIPoqbK0
個人的人徳なら徽宗だって善人だから仁君になる。
名君には個人的感情を殺して政治を行う冷酷さが必要だし、
それは仁や徳とは逆のもの。
両方を兼ね備えている人間は稀有の存在で、冷酷な人間が仮面を被っているか、
人格者が世のために己を殺しているかどちらか。
極端だが洪武帝と光武帝が例としてわかりやすいか。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 13:08:56 ID:vL7i+j/C0
>>50
自分が負けるのは、自分が弱いのでは無く、
天が自分を滅ぼそうとしている・・・・

最後の最後まで勘違いしてましたね

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:26:22 ID:bHZW8t1e0
そこは感動するところで、イヤミを言うところではないんだよ〜

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:34:52 ID:Ki586nPRO
符堅や蕭衍なんてどうだろう
殺戮皇帝続出の魏晋南北朝時代にあって稀有な存在だと思うけど

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:59:26 ID:Now8xyiQ0
蕭衍は晩年仏教に傾倒しすぎで国政を乱し宇宙大将軍が暴走して最後は国を崩壊させたのが痛いな。
もっと早く死んでいればここのスレの条件に合致したのに…


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:17:19 ID:mi3o28d/0
符堅タンは萌えキャラだよな

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:45:38 ID:R9h/KX1G0
>>51
友達に持つなら徽宗がいいな。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 15:15:38 ID:n6HmCdud0
>>57
気前がよさそう。
張士誠なんかも。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 17:35:49 ID:NTP3TuDy0
つまり、そうやって他人を食いつぶそうと寄ってきたヤツラが、北宋六賊の正体なわけね…

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 21:17:25 ID:F8WMbef+0
趙匡胤や劉秀も友人としてはいいんじゃない?
ただ酒の席で愚痴やつまらんギャグ連発されそうだけど。
李成民は友人としては嫌だな落ち着かない。
いくら名君でも雍正帝とだけは係わり合いになりたくないな。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:25:53 ID:npk1lAni0
雍正帝みたいな上司は悪夢だな。
庶民にとっちゃ、雍正帝みたいなのは結構いい方の君主だろうけど。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 21:16:12 ID:Ih3aQjV20
光武帝は名君だけどなぜか中国でもマイナーで人気がないらしい
どっちかというと日本人好みの君主なのかな?日本でもマイナーだけど

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 20:02:42 ID:bcD0T9Nt0
名君でいるのってストレス溜まって身体に悪そうだな。
長生きした名君はストレス発散する方法があったか、
仕事が趣味みたいな人間なんだろうな。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:28:44 ID:SWEfWNpO0
雍正帝は過労死らしいね。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 16:29:20 ID:9O9djyOd0
そう考えるとあの在位の長さで名君の評価を揺るがせにしない康熙帝は偉大だよな

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 23:00:53 ID:YI6/pxCa0
>>62
光武帝の人生って完全なハッピーエンドだからじゃない。
天下を取り、惚れた女を妻にし、息子も優秀で後継者争いもなく、功臣の叛乱もないときてる。
幸福な人生より悲劇的な人生のほうが物語としてうけるんだろう。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 13:01:23 ID:BYcpgwZl0
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68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:58:39 ID:Sr3Y8M9J0
>>65
同じように幼いうちに即位して、在位期間が長かった皇帝として、
少し前に万暦帝がいるね・・・

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 21:27:26 ID:OBJxhWMf0
>>68
万暦帝も最初はまじめだったらしいけど・・・
子供のころから皇帝やってりゃおかしくなるかもな。
康煕帝は死んだはずの父親が実は出家してたって伝説あるけど、
もし本当ならアドバイスとか受けていて、
それが皇帝としての勉強になったのかも。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 23:56:36 ID:LTs5+NOs0
最初はまじめと言うか、先生の張居正に厳しく躾けられたからな。
せっかく張居正が財政を建て直してくれたんだから、
あの後真面目にやっていたら、明はもっと続いただろうに。


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 21:57:26 ID:cIM5h2BB0
>>70
結局は政治家としての資質の差か。
誰かから強制されないとまじめにやれないやつは、結局自由になればサボりだすよ。
きっと自分のこと意外は、考えるのも嫌だったんだろう。
そんな責任感の無いやつが皇帝になったのが、明にとって不幸だったんだな。

72 :名無しんぼ@お腹いっぱい :2006/12/07(木) 15:36:49 ID:ICxDt00Q0
それを思えば、康熙帝の父親の順治帝もとても立派ですね。
彼も幼少の頃は、ホンタイジの弟のドルゴンが摂政として、清の基礎を固めてましたが、
ドルゴンの死後も毅然とした態度で政治に臨んだ点など、万暦帝とは天と地ほどの
差があると言っても良いでしょう。
また、ドルゴンの死後にその一党を罰しながらも、政策路線を変えなかった点は、
何気に商鞅を罰しながらも、変法を推し進めた秦の恵文王を思わせるものがあります。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 21:31:10 ID:xAhoegnW0
でも順治帝は弟の妻を奪ってるんだよな。
儒教的モラルから母の再婚相手のドルゴン憎んでたのに、
自分もそのモラルを守れなかった。
それほどその女性を愛していたのだろうけど。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 23:41:20 ID:1crxYZKJ0
清の皇帝は、明だったらいずれも名君に分類されるレベルだな。

まあ、少数派異民族の王朝という弱点があるから、昏君なんて出す余裕がなかったんだろうけど。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/18(月) 23:38:25 ID:3QpLgdr00
清が明みたいな皇帝を輩出していたら、早晩崩壊しただろう。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 12:52:38 ID:Ph73ZbEd0
清朝では並みの皇帝も、明朝だったら名君扱いになっただろうね。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 14:13:55 ID:tmjadiZl0
順治帝と康熙帝が宦官の定員を大幅に削減して
明の轍を踏まないようにしたのも要因かもね。
何せ明代は宦官が十万人近く居て、その大半が金目当てに自宮した
たちの悪い人間。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 13:07:15 ID:O9ejWnWa0
自分で自宮したのに、宦官として採用してもらえなかった可哀想な奴もいたらしいねw

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 23:28:27 ID:eyhqux1B0
宋も太祖・太宗・真宗・仁宗・神宗と名君が多いと思う。
しかし徽宗のイメージが強すぎて馬鹿皇帝ばっかりとか思われてそう。

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