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【酔っ払っているうちに】 趙匡胤 【皇帝になった】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:26:07 ID:mXCbBEG10

酔っ払っているうちに皇帝になってしまったという、趙匡胤について語りましょう。
およそ三百年に渡って続いた宋朝の太祖皇帝です。 

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:43:55 ID:NbqxvkQw0
語りまくりたいけど、宋スレに合流しようや。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:46:19 ID:WdCvmtU50
趙匡胤なら個人スレを立てるに値すると思うよ。
飛龍伝についても語りたい。


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 12:07:53 ID:A+HExfDO0
この趙匡胤とか、漢高祖の劉邦とか、どうも明るいイメージがあるんだよね。
趙匡胤は、簒奪に際しては、柴氏を保護して、殺しも最小限に抑えたし、
酔っ払っているうち(本気ではなかっただろうけど)に皇帝になってしまったという逸話とか、
言論の自由を認める遺訓とか、
その行いには、あまり凄惨な印象がない。
こういったあたり、坊主出身の某太祖皇帝とは違う。


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 12:51:05 ID:1vLKIgX0O
殿前軍都点検時代以前が謎

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 13:18:15 ID:NbqxvkQw0
殿前都指揮使。 その前は殿前都虞候。 その前は宿営軍。
郭威の李守貞討伐のとき、徴募に応じて参じた。
それまでは諸国を流浪し、いろいろ逸話を残す。
そのとき、江南のほうまで行き、操船にも通じたので、のちの後周世宗による淮南戦役では、南唐の水軍相手に連勝を重ねる。
燕雲十六州を奪還する北伐のときは、大運河に闘艦を並べて北上。
水軍の趙匡胤、陸軍の韓通と呼ばれた。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 14:41:29 ID:A+oh1Jup0
諸国流浪時代の逸話を基にしたのが飛龍伝かな。
飛龍伝って翻訳はあるの?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 20:54:33 ID:IwJPlPr/0
陳先生が皇帝の中じゃ一番好きそうなのに、小説の主役にはしないのが残念だ

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:30:56 ID:NbqxvkQw0
>>7 予定では12月頃に、小前亮「飛竜伝」が出版されるはず。
ただし、「飛龍全傳」の邦訳ではなく、趙匡胤を基軸とした小説だそうだ。
「李世民」がつまらんかっただけに、小説としてあまり期待はできないけど、流れを掴むことはできるだろうね。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 16:57:46 ID:WzEdqou40
趙匡胤の小説の方は、飛龍伝の題にするんだね。
この時代の小説って少ないから、かなり興味ある。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 23:34:24 ID:UWx6QdHU0
どの辺りから始まり終わるのだろうかねぇ。

生まれたときのエピソードは入るとしても、就職先を探しに旅をするようなところの話だと、一話完結シリーズになりそうだし。
その辺ははしょって、とりあえず軍人になってからかな?

終わりは陳矯の変… ではないだろうなぁ。
やっぱり斧の音のところまでは行くか…
ううう、気になる。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 23:39:02 ID:wJMM7k/Q0
>終わりは陳矯の変…

それはやだな・・・

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 00:07:32 ID:B2KjnSrc0
趙匡胤は弟に斧で殺されたの?

14 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/02(木) 00:18:01 ID:0aTQ9DxL0
光義が血を流して殺したなら何らかの証拠が残るわな。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:54:09 ID:A/kIBOdD0
殺すなら、もうちょっと巧みに、毒殺とかじゃないのか。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 12:00:53 ID:tVaqF4HY0
手を下したのが趙光義でなく、ほんとうに光義を呼び入れたあとに死去したとしても、遺言が趙光義の主張通りかというのは、確認のしようがないわな。
また、毒殺とかにしても公衆の面前であれば死ぬ間際に、光義の歓迎しない後継者指名をしてしまう場合もある。

それにしても、兄→弟の引継ぎを、母の遺訓として大義名分としたのに、理由をつけて廷美に渡さなかったのは、なにやら豊臣秀吉と秀次を彷彿とさせる気がする。


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 13:39:33 ID:EPAcwbW00
北宋の皇帝は、代々趙光義の子孫が即位した。
しかし南宋一代目の高宗のときに「趙匡胤の祟り」とやらで子孫が絶えてしまったので、
趙匡胤の子孫を探し出して帝位につかせ、以後は代々趙匡胤の子孫が滅亡まで即位したという。


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 15:51:03 ID:CiRyURVV0
靖康の変で、ほとんど全員が金に連行されて、奴隷にされてなぶり殺されちゃったからね。


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 23:50:26 ID:gKo4z4RJ0
趙匡胤は飲んだら、べろんべろんに酔っちゃうタイプなのかな?

20 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/02(木) 23:52:17 ID:0aTQ9DxL0
酒の上の失敗が多いから庶民の人気が高い、というのは陳舜臣が書いてるね。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 00:35:01 ID:UKrUMjzB0
死因にしても、弟による暗殺ではなく、酒の飲みすぎで脳溢血、という説も有力。


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 09:59:03 ID:GL7QLwdl0
柴栄と趙匡胤の出会いはどんなもんだったのだろう。
趙匡胤の父である、趙弘殷はもともと後晋〜後漢〜後周の禁軍将軍だったので、あるいは郭威とも知己だった可能性がある。
郭威の河中平定時に、趙匡胤の人に優る活躍ぶりが目に留まり、よくよく調べてみるとなんと、趙弘殷の次男だった。
などということで、目をかけられたとかないだろうか。
その後、中央軍のいち将校として仕えており、柴栄とも面識が生まれたと仮定。

後周建国後、滑州にある駐屯軍の副将としての任を受けたとき、赴任する趙匡胤を、柴栄が引き止めている。
柴栄は趙匡胤を傍に置き、馬直軍士としたのは、のちの禁軍大将へのルートが開ける瞬間だったのではなかろうか。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:44:51 ID:D1sg34l30
案外、友情があったかもね。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 20:37:32 ID:RHkm29VM0
趙匡胤はイケメンというイメージがない。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 21:05:04 ID:wV+NwvUi0
趙匡胤は張飛顔のくせに人格者で落ち着きのある男。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 21:20:16 ID:jy0+2d8p0
弟、あるいはその系譜は、結構イケメン揃い。
南宋の太祖系は、冴えない系揃い。
あくまで見栄え(肖像画)の話だが…

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 22:43:20 ID:x3eLmSkQ0
肖像画の話だけど、趙匡胤は何だか、福のありそうな顔立ちしているね。
柴栄の方は、肖像画ってあるんだろうか?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 23:09:27 ID:jy0+2d8p0
あるよ。
いけ好かない顔してるけど…orz
趙匡胤は福耳(大耳)だからね。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:00:06 ID:qLZVjFOK0
スレタイ、田中芳樹を思い起こさせて不愉快なんだけど

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:05:19 ID:yFtJHxp20
>>29 もう少し詳しく。 陳舜臣氏も取り上げている上に好きな皇帝なはずで、田中芳樹を思い起こす余地は、それより少ないはずだぞ。
それとも知らんのか?

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 13:12:21 ID:Y/kNWjnM0
光武帝厨がいないから田中臭さはやや少ない。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 13:57:02 ID:9kkSo2mp0
>>28
若々しさのない顔だよね。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 16:46:12 ID:yFtJHxp20
>>32 柴栄の肖像画をみてると、ほんとに「陰険」のイメージが広く知れ渡ってるのじゃないかと、疑いたくなる。
「飛龍伝」ではそういうキャラらしいが…

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:56:50 ID:x6eR5PFV0
幼帝から帝位を奪い、周の忠臣(と言っても一人だけだが・・・)の一族を根絶やしにした
外道を称えるスレはここですか?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 20:31:12 ID:yFtJHxp20
>>34 その主張はおれもするけど、一方で。
韓通は、柴栄にはものすごく信頼された有能な武将だけど、実は同僚や部下には嫌われている。
韓瞠眼という渾名があるくらいで、すぐムキになったんだろう。
趙匡胤とは兵権をわけた将軍で、ライバル心を旺盛だったに違いない。プライド高そうだし。
そういう人だから、両雄並び立たずの言葉どおり、趙匡胤が起った以上、韓通が退場するのはある意味で必然。
趙匡胤の暗い部分は、李重進を挙兵に追いやったこと。
李重進は味方すると言っているのに、趙匡胤側はそのバックボーン(周の親族)を恐れて葬ったから、趙匡胤政権の打算が伺える。
だけど外道じゃないよ?


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 23:53:07 ID:/owm887r0
「飛龍全傳」
http://www.shuku.net/novels/classic/ckyqlflqzsjn/flqz.html

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 03:39:31 ID:KnG+N32z0
田中芳樹の評判が地に落ちたせいで、すっかり宋の太祖陛下も割りを食ったな。


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 09:10:13 ID:MsD2tc4E0
趙匡胤を評価しているのは、陳舜臣だろ?
大丈夫か?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 09:36:41 ID:+wD9ZGqa0
>>38
日本語でおk

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 23:52:09 ID:2KVJZBJD0
>>36
やっぱり古典の文章は読みにくいなあ。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 21:03:44 ID:OwOxPfgt0
趙匡胤は子供は何人ぐらいいたんだろう。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:44:46 ID:MZK0HltCO
言論をもって士大夫を殺さず

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 09:45:41 ID:h+XeEMeu0
>>35
まあ、こんな後ろめたいことのない天下人は世界でも稀だとは思う。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 16:40:29 ID:cJLOjJ4M0
>>43 天下人とするには、完全な平定(燕雲はのぞくとして)に至ってないけどね。
こういう皇帝は世に稀。 この人の下なら、やることさえキチンとやってりゃ気楽そうではある。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 16:41:23 ID:CdgR+hDi0
武官だったころも人望あったんだろうね

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 18:29:01 ID:Ccg1727j0
石守信や李継勲など、同じ禁軍将校同士ではかなり気の会う連中とつるんでいた。
あと、乱暴者のようなイメージがあるかもしれないけど、かなりの教養人。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 18:45:27 ID:LFygDYu80
こんな残虐な一面もあったんだな
http://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/sub153.htm

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 01:28:42 ID:+29njp0y0
説得術に長けた人というイメージがある

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 06:34:48 ID:N6VG2gvQ0
>>47
そんなに落ちぶれた時期もあったのか

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 08:58:21 ID:1cUsr32r0
庶民の邸宅を強引に奪ったり賄賂を強要したりする趙普を弾劾した御史中丞を処罰した趙匡胤。
寵臣郭嘉の不行跡を非難した陳羣を誉め猶も両者を重用した曹操。
この一事だけを見れば曹操の方に好感を持てる。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 20:07:23 ID:IxkjTJf/0
>>47
>>50
チョーさん駄目じゃん。
精錬潔白なイメージが消し飛んだわ。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 20:38:18 ID:pqBOFSFC0
もともと清廉潔白ではないわな。
どっちかというと乱暴物のイメージが定着している。
怒りに任せて家臣をぶん殴り、前歯折ったとかそういう逸話に事欠かない。
太祖と趙普の関係には、公人というより私人としての面が強すぎるから、曹操の逸話とでは不釣合いだな。
その話自体は初耳だけど、傳にあるのかなそれとも本紀?


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 20:46:00 ID:PgQeIHtT0
清廉潔白と言うより、頼りになる豪放磊落な兄貴って感じのイメージかな

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 21:31:33 ID:1cUsr32r0
>>52
ああ、ごめん、「宋名臣言行録」だったわ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:26:23 ID:pqBOFSFC0
>>54 いや、ごめんとか必要ないって。
「宋名臣言行録」か。 実はまだ読んでないんだよね。
誰の項か、わかれば教えてください。
趙普はかな〜り押しの強いやつというイメージがあるし、夜中憂悶して寝られない太祖がふらりと立ち寄れる友人でもあるから、割りに好感がある。
でも、何度か左遷されているし、そうキレイな関係だとばかりは言えない面もあったり。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:31:23 ID:pqBOFSFC0
>>55 今確認したけど、『竇儀』のとこだな。
しかも、太祖じゃなくて太宗だったよ。
この趙普左遷の話は知っていた。 それがそのような讒言だったというのは、忘れていたか知らなかったか…
もともと太宗が、趙普を煙たがって左遷させたがっていたような節もあり、そのへんはっきりとは言えないところがあるかも。



57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 23:16:23 ID:oEW6rhnw0
うろ覚えでなんだけど、趙普左遷の時期が
宋史だと太祖期で、宋名臣言行録だと太宗期じゃなかったっけ?

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 12:47:34 ID:JxzU5xui0
宋名臣言行録読みたいんだけど、日本語で手に入るのってありますか?
PHPのしか持ってないんで。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 17:25:00 ID:l2Y3YhW+0
自分が持ってるヤツ(そのまだ読んでないってヤツね)は、徳間。
ほとんどが絶版だから古書で探すしかないかもね。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4192422158/sr=1-4/qid=1165393371/ref=sr_1_4/250-1893845-8441029?ie=UTF8&s=books

密林のユーズド。 異様に高い。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 21:34:37 ID:cIM5h2BB0
小前亮の「飛龍伝」講談社から12月8日発売だってさ。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 21:22:13 ID:r34wm3ze0
あんですとー!?
翻訳?

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 21:27:41 ID:r34wm3ze0
調べてみた
飛竜伝なのね
http://www.wrightstaff.co.jp/sakka/komae-list/tankobon/zhao.html

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 23:25:09 ID:xAhoegnW0
作者本人のブログによると、
趙匡胤と柴栄が主人公なんだって。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 04:33:36 ID:x0jhMPbL0
そして韓通が花形満、と。
違うか。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 14:53:56 ID:+2I6rYu10
PHP文庫の「中国皇帝列伝」という本でも趙匡胤が紹介されてるけど
微行好きな匡胤が大雪の降る夜に趙普の家にこっそり行って
驚く趙普に「いや、どうにも寝つかれないし、心細いからお前に会いに来た」
と言って一緒に酒を飲み、焼肉を食べながら政戦両略の話をするエピソードは
何か微笑ましかったw

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 13:54:40 ID:PbUFYvYc0
>>65
趙匡胤がいつも予告なしで来るものだから、
趙普は朝廷から退いて家に帰っても、衣冠を脱がずに待機していたらしいなw

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:40:47 ID:1crxYZKJ0
>>65
雪の中に皇帝が立っていて、びっくりしたらしいねw
危ないからやめるようにと臣下に止められても、
言うことを聞かずに微行を繰り返していたらしい。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 10:41:56 ID:HGIlqPIt0
大雪だから来ないと思ってたらキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
嫁さんのこと嫂(あによめ)とか呼んでるし、いつの間にか兄貴にされてました

「雪夜訪普図」でぐぐると、北京故宮にある絵が見られるよ

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 12:56:35 ID:PnKMZmIa0
>>68
見れた。
こんな絵があるんだね。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 23:49:39 ID:P0JO1hrE0
>>65-68
そういうエピソードがあるから、この人はイメージがいいんだよな。

それに比べて朱元璋が夜中に家を訪ねてきたら・・・w

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 23:52:22 ID:fIEX/Pcq0
粛清の通達みたいなもんだなwww

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 23:39:50 ID:IxxsO/j80
死の宣告だな。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 23:56:29 ID:WvVZ3I2C0
朱元璋に優しくされたら、生きた心地しないだろうなw

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 02:57:30 ID:Qp4b9Swm0
「朱元璋 羅復仁」でググると微笑ましいエピソードがあるよ。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 23:09:36 ID:vFr0SExb0
>>74
へえ、そんな逸話もあったんだね。
知らなんだ。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 12:41:28 ID:p/BiKUVF0
>>70
「いや、(お前が叛逆するんじゃないかと思うと)どうにも寝つかれないし、
(様子を探らせようにも他人は信頼できなくて)心細いからお前に
(粛清する口実を見つけられないかと直々に)会いに来た(クックック…)」
ということか。
何と恐れ多い…。同じ時代・同じ国に生まれなくてよかったぜ…。

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