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そろそろ前漢までの軍師ベスト3を決めようぜ

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:02:40 ID:ev4vjFcD0
Wikipediaに載ってた前漢までの有名な軍師

姜子牙(太公望呂尚)
司馬穰苴
伍子胥
孫武
范蠡
孫臏
呉起
楽毅
藺相如
趙奢
張良
陳平 
范増


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:05:51 ID:ev4vjFcD0
1、姜子牙(太公望呂尚)

2、楽毅

3、范増(司馬小説読んでの個人的な好み)

こんな感じじゃね


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:07:52 ID:rIx1NJ/H0
なんか日本じゃ軍師好き多いが
結局能力的には将軍>軍師だと思う

4 :1:2006/10/25(水) 20:10:34 ID:ev4vjFcD0
ネタスレにそんなレスするなよ
ノリが悪いな。・゚・(ノ∀`)・゚・。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:28:00 ID:7+WmGzwkO
そもそも軍師の基準は?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:31:26 ID:XO4OMi8+0
>>1
管仲は?
軍師のカテゴリーには入らんの?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 21:35:26 ID:rIx1NJ/H0
>>5
軍師は頭脳で将軍を助ける役目

8 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/10/25(水) 21:41:15 ID:umvYAJW40
ここで言う軍師とは軍配者的軍師を指すのか
参謀的軍師を指すのか・・・

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 21:43:58 ID:Eakzsupx0
>>1見ると両方OKっぽいけど

10 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/10/25(水) 21:50:28 ID:umvYAJW40
軍配的軍師と参謀的軍師はまったく違うから
各々ベスト3を決めるのがいいのではないかな?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 22:20:35 ID:7+WmGzwkO
その軍配的軍師と参謀的軍師ってどう違うの?

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 22:25:09 ID:20Z6LGtK0
軍配→戦術
参謀→戦略

単純にこんなところでない?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 22:27:02 ID:G2+Vayl50
>>11
兵を動かす策を練ったのが軍配的軍師で、
政治的な策を練ったのが参謀的軍師って幹事かと。
陳平とかは参謀的軍師だとおもう。


14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 23:17:25 ID:HnQQLsMS0
中国史上最初の軍師風垢(多分漢字違う)は?
あと尉僚が抜けてる。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 00:53:27 ID:wA8LwZD40
>伍子胥
>孫武
>呉起
>楽毅

この辺は軍師じゃなくて将軍じゃないの?
こいつらがありなら韓信や白起もありなんじゃね?

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 02:28:24 ID:DzPwlrOuO
>>15
同じ事を思った

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 04:01:39 ID:Ln0KCkPL0
個人的意見だけど孫武だけは別格だとオモ

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 09:46:12 ID:mLv29cJy0
>>15
所詮は>>1のおつむがその程度ってこと

19 :1:2006/10/26(木) 09:46:54 ID:Dxm3QFEy0
えーと…では、このスレでの軍師の定義はこれでどうでしょうか(^ ^;

軍師とは後世のイメージによって創作された部分が大きく
実際に軍事にのみ助言する軍師という存在は『三国志演義』・『水滸伝』
あるいは日本の戦国時代を基に作られた軍記物などの創作の世界にのみ登場する幻想の存在として考えた方が良い
軍師の代表例とも言える諸葛亮であっても政治・軍事の枠を超えて蜀のほとんどの分野に関わった人物であった
中国や日本の歴史物語の中の軍師は、ある君主に仕えて軍事と政略に謀略をめぐらす人物として描かれた
このため、一般的な言葉としては、軍中の参謀に限らず
東アジア諸国において政略の相談役として活躍した人物のことをひろく軍師と呼ぶことが多い
このスレではそのような広い意味での軍師の例を挙げる。

wikiからの盗用なんですけどね


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 10:21:16 ID:8SMLVFJg0
田単は?

21 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/10/26(木) 10:33:49 ID:02rX1WC60
>>11
ちょいと亀レスだけど、一般的に俺の大学とかでは

軍配者的軍師・・・出陣に伴って吉凶を占い、天気の予知などを
司り、さまざまな儀式を執り行う。

参謀的軍師・・・実際の戦いの進めかたや具体的な作戦、献策を
行い、軍勢の配置などを行う。

中国なんかは軍配者的軍師の色合いが強い軍師が多いかもね。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 10:59:16 ID:vwoV4qre0
中国兵法
ttp://www.geocities.jp/fukura1234/


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 12:00:35 ID:9d5zg0uzO
ところで何故前漢までしかダメなんだろう?
魏晋南北朝時代とかにもいい軍師はいっぱいいるのに

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 12:14:30 ID:Zj1YOZMZO
なるほどね
戦術の上が戦略でその上を行くのが政略って感じかな
やっぱ軍師って戦術戦略家のイメージもってな

25 :1:2006/10/26(木) 18:59:29 ID:Dxm3QFEy0
>>23
前漢の後の三国時代の話は皆飽きてるかなと安易に思って
そこで区切っちゃった
すいませんクソスレだったみたいだね
もうこのスレ落としちゃっていいよ

以下書き込み禁止で(´Д⊂ モウダメポ

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 19:44:57 ID:LPkOSVWI0
将軍=総合職
軍師=技術職

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 19:47:47 ID:mSuJtNLl0
>>25
後漢は無しかいなw
「前漢までの」じゃなくて「史記に出てくる」の方がふさわしかったのでは?

28 :1:2006/10/26(木) 20:15:34 ID:Dxm3QFEy0
史記読んだ事ないから、それは思い浮かばなかった

以上で糸冬 了..._〆(゚▽゚*)

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 22:44:20 ID:Ln0KCkPL0
新板でどーせ糞スレ三昧なんだから有効に使おうぜ

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 23:06:55 ID:pGBAGtUQ0
>>1
別に無理して閉める必要もないとおもうが。
少なくとも俺は結構楽しんでる。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 00:36:57 ID:U3pA1aix0
張良と陳平はセットである

重 要..._〆(゚▽゚*)

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 00:53:56 ID:msxHgFbzO
張良と陳平って統一後の身の処し方も対照的だね
片や仙人を目指して中央の政界から離れようとした張良と
政権の中枢にあり、高祖から「知が有り余り過ぎる」と警戒されながらも天寿を全うした陳平
処世術に関しては陳平の方が一枚上手って感じがする

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 08:00:01 ID:IqWWZCV60
>>32
判定できないでしょ

張良が政権の中枢を望んだら陳平より優れた処世術を見せたかもしれない
そうでないかもしれない

わからな〜い

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 23:23:31 ID:H2sHR1sh0
丞相でありながら呂后が死ぬまで言いなりにならざるを得なかった陳平と
政界から身を引きながら呂后に尊ばれた張良

という見方もできる

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 02:08:38 ID:1CvuxJarO
竹中半兵衛と黒田官兵衛の関係に似てるね

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 11:04:11 ID:BavDBui30
>>35
小説の中とかで、その両兵衛を、陳平と張良になぞらえているのをよく見かける。
豊臣秀吉と劉邦も、ちょっと似た感じのところがあるしね。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 11:47:28 ID:ZB/RNaZw0
伝説部分も含めてナンバー1は張良しかいないだろうなぁ。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:45:12 ID:5ZA7Fjqp0
秦が中国を統一したときは軍師みたいな存在はいなかったの?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:55:28 ID:I2ypOsM50
呂不韋とか
てか李斯か

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:21:44 ID:ZB/RNaZw0
李斯だね。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:47:13 ID:d288LeD60
軍師、、、、シャブ喰って発狂して白昼通り魔やらかした川俣軍司の逮捕映像は衝撃だった。。。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:47:29 ID:5ZA7Fjqp0
じゃーこいつナンバー3圏内確実じゃん

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:34:34 ID:J3WpbWcV0
姜子牙
孫臏
張良

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 23:25:29 ID:QLhweLWo0
孫臏だけおかしくね?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 12:01:53 ID:26deI4230
張良は当確だな

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 12:11:52 ID:c13cP8At0
>>45
同意。
李斯が軍師であれば、荀況・韓非は?

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 15:05:41 ID:exsY7na/0
軍師でいいとおもうお
思想家だけど、主君に国の治め方を説いた結果なのだから。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 01:25:15 ID:zLdrrzKn0
>>46
安能務の中華帝王志では

韓非は一流の軍師
呉起は二流の軍師
ウツリョウは三流の軍師
李斯は五流の軍師

って言われてたな

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 01:54:20 ID:yzi1xsat0
なにその韓非マンセー論

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 04:57:51 ID:s5rhXoad0
李斯は韓非子の影響をうけたから
韓非より下だろうな

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 05:00:46 ID:L1v9lZLm0
もっとよくみてみよう
http://carefree-nizi.hometheater.11myroom.com/index.html

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 16:06:12 ID:PwOzZUuR0
李斯は趙高を止められなかったわけで…

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 20:24:20 ID:G+cGI5aq0
実際に張良ってそんなに優れた軍師だったの?

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 00:36:01 ID:OHcpydpu0
うん。

軍師(君主の知恵袋)の代名詞だもん。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 12:01:06 ID:V1/X+2tQO
まあ普通に孫子、太公望、張子房で確定ぢゃな

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 14:28:49 ID:cn9gYzFtO
誰かが軍事を差して「我が子房」とか言ってたような。
曹操かな?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 16:15:33 ID:YYc08gboO
曹操が荀或に対して言った言葉ね

孫子、呂尚、張良だと思うが、>>1に菅仲がないのが気に入らない。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 16:42:24 ID:083y2+lG0
>>56
曹操が戦勝のときに荀或を称えて言った言葉で、
褒美にキレイな空の漆の箱を贈ったところ荀或がそれに赤福を詰め
曹丕がそれ見て喜んだ、と典論に載ってるね。

俺も管仲すきだな。主君は微妙におバカだが。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 19:09:42 ID:UbybJ5R40
先軫も仲間に入れておくれ。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 21:20:21 ID:OHcpydpu0
曹操に限らず、知恵者を得た主君はだいたい我が子房っていって称えるのよ

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 21:28:53 ID:PjJ7nhhA0
楚から晋に亡命して軍師になった苗賁皇も入れてあげてください。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 21:40:50 ID:abEehcQd0
苗賁皇はたしかに城邑も与えられて大夫の身分だけど、軍師っていうより
軍事顧問みたいなもん

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 22:55:58 ID:PjJ7nhhA0
じゃあ>>59の先軫も中軍の将だから軍師じゃないよね。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 23:35:27 ID:ZQu1ofz90
・゚・(つД`) 李斯・・・

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 00:36:48 ID:+gXRPHPY0
1の中では、他はまあ軍事に参与してるから軍師といえなくもないけど、
藺相如はどう考えても軍師っぽくないよね。政治家・外交官って感じ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 00:52:00 ID:fA/b7+QE0
>>65
あんま>>1を突っ込むなよ
突っ込まれて>>25とか>>28でかなり凹んでるんだから


67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 00:52:21 ID:+gXRPHPY0
あと、孫叔敖、士爲、士会…この辺も候補に入れて欲しい…

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 01:25:40 ID:fA/b7+QE0
とりあえず今まで挙がった名前。
間違い重複はなおしてくだちぃ

姜子牙 司馬穰苴 伍子胥 孫武 范蠡
孫臏 呉起 楽毅 藺相如 趙奢
張良 陳平 范増 管仲 韓信
白起 田単 呂不韋 李斯 荀況
韓非 尉繚 呂尚 苗賁皇 先軫
孫叔敖 士爲 士会


69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 04:44:04 ID:ZH9ivzA10
ちょっと待て、白起は軍師ではなく武将じゃないのか?
当時の秦の軍師は范雎だと思うんだが。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 07:36:11 ID:DIQCSSmP0
いくらでも候補は挙げていいけど、
最後に残るのは結局、太公望と張良なんだよね

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:29:50 ID:fA/b7+QE0
>>69
ちゃんと嫁

今まで挙がった名前って書いてあるだろ

ほとんど姜子牙、張良、孫武で纏まってたのに
他の出してきたから全部出しただけだ。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:35:33 ID:0l/H+UsT0
太公望・張良と孫子が並ぶのはなんかなっとくいかない。
太公望・菅仲・張良,のほうがすわりがいい。
菅仲は鮑叔とセットでもいい。


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:38:15 ID:A/kIBOdD0
やっぱり太公望、張良は入るか。
太公望も古すぎて、イマイチ実像が掴めないけど。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:39:58 ID:0l/H+UsT0
それだけ白川静の業績が偉大だったということですね。
合掌。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/obituary/

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 20:55:44 ID:z5SLeeYr0
亡くなったんだよな、びっくりしたよ

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:10:07 ID:xSeUdE16O
氾増と張良の差ってなんなんだろうな。
切れ者としては氾増の方が断然上だと思うんだが。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:36:36 ID:z5SLeeYr0
離間の計に掛かる項羽がね
名前忘れたけど項羽の叔父さんが死んでなかったら
張良の座は氾増のものだったかも
やっぱ運かな

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:43:16 ID:YEZ15WU20
悲しいことだが
個人個人の能力は優れていても
主君の違いが少なからず影響しているのかもしれない




79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:50:01 ID:rQ2USQHy0
>>76
司馬さんの小説、「項羽と劉邦」の影響でそう感じるだけだろ。
司馬遷の「史記」、班固の「漢書」は読んだのか?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:52:43 ID:fA/b7+QE0
言い方悪いが君主の手綱の引き方じゃないか?
まぁ氾増の方は暴れ馬だったけど

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 21:54:02 ID:fA/b7+QE0
>>79
知識ひけらかすスレじゃない訳だが。
まぁひけらかすほどの知識があればそんなレスはしないかwww

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 23:47:23 ID:kmedDAwY0
氾でのうて、范増、なんじゃないかと

范増は史記などの史料をみてもさほど事績らしいものは多くは残ってない
せっかく項羽の一人勝ちが確定したにもかかわらず、十八王に分封して
戦国以前の状態に戻してるあたり、どうも戦略家というよりは学者的で現実に
即した企画立案のできる人間ではなさそう
もっとも70歳を超えていたというし、前時代的な思想の濃厚な人間だったのかも
しれないけど

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 01:23:42 ID:eo4CPdb8O
>>82
レキ食其がそれと似たようなことを劉邦に進言したときは
張良がそれを止めてなんとか事なきを得たね


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 05:49:52 ID:5qsiIHhP0
>>83
張良が止めたのは劉邦はそのときまだ一人勝ちできるほどの
勢力を有していなかったからだったと思う

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:24:28 ID:qTEyf4h2O
晏弱は?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 18:09:37 ID:jCjdLg+20
>>85
文学板でどうぞ

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:25:28 ID:EMm00Go50
張儀はどうだろう?
軍師のくくりに入れてもいい気がするけど

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:35:32 ID:MTBkYMxVO
>>82
項羽の分封政策は、実は後に呂后や文帝も一部使っている方法であり、政策の考え方自体は誤ってない。
誤っていたのは旧秦を根拠としなかった(できなかった)点と、分封する人物や分け方などが遺恨を残すやり方だった点。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:37:08 ID:09ejC/Un0
晏弱は将軍、張儀は謀臣になるのかな。
陳平が>>1にあるから張儀は軍師入りかも。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 01:29:05 ID:5p/XV1AnO
防衛専門なら墨子か
領土は広がらなさそうだが

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 01:45:10 ID:A3cVjIF20
伍子胥じゃね?孫子の作者説はガセなのかな?

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 02:22:07 ID:zZEYu1600
晏弱とか墨子って具体的にはどういう事蹟のあった人なの?

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 06:02:16 ID:PnVeuYep0
>>91
割と最近に孫子の作者が孫武であることが
証明されたんじゃなかったか?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 09:34:33 ID:WbdmgnGZ0
>>93
どっかの遺跡から、孫子と孫ピン兵法が発掘された。
遺跡の年代的に後世(曹操とか)の偽作であることが否定されたのと、
孫ピン兵法が別に存在することで、孫ピンが著者であることも否定された。
孫武であることの証明にはならない。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:25:38 ID:QACU0hUB0
>>92
晏弱は斉の国の人で名宰相と言われた晏嬰のお父さん。
断道の会同で斉に逃げ帰っちゃった正使の代わりに会同に出席したことで
晋の捕虜になったけど、斉に戻ってきたことで君主の信頼を得ます。
そして将軍に任命されて斉に長年敵対していた莱の国を滅亡させた人です。

墨子は戦国時代初期に活躍した説客ですが生涯は良くわかっていない人です。
本名は墨翟。
儒学を否定する思想家である一方で、特に守城に優れた兵法家でもあった人です。
弟子たちが墨子の言をまとめて編纂されたものがいわゆる「墨子」です。
その内容は守城方法メインと思いきや以外にも攻城方法も多いらしいです。
弟子たちは墨家と呼ばれ、優れた守城方法を会得した集団として重宝されました。
そこで守城方法をマネジメントしながら墨子の思想を教えていたそうです。


96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:32:10 ID:LNh0QH1B0
管仲がどうみても1位だろ
政治、軍事なんでもできる


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:35:40 ID:UT5uWpXQ0
>>96
管仲の孔子による評価は一定してないよな。
論語でも前半部と後半部とでは違っている。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:46:31 ID:LNh0QH1B0
孔子は斉という国が嫌いだったから管仲も好きじゃなかったって本当かな?

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 19:42:15 ID:frvzGGRs0
いつの時代も優秀な人物は大勢いたけど、その優れた人物がどれくらい自由にやれたかが能力の有無を判断する
材料になってる。

劉邦は自身が用兵も下手だし、学問にも深くなかったから張良は自由にやれた。

曹操だって自身に才能がなくて、自分でもそれをわかってる人物であったら荀ケや郭嘉がもっと活きて、
より評価されてたかもしれない。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 20:15:49 ID:B+aKxE310
中国史全体では、一般的見解(史実との整合性は無視)でいったら、

張良、諸葛孔明、劉基、次点で太公望になんのか?

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 20:21:24 ID:ahOrceNJO
諸葛亮は演義のでも一つ下がるんじゃない?
神格化されてるのは張良と劉基だとおも

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:52:42 ID:ZCOQhnK20
>>100
日本人への知名度だと劉基は他の3人に比べて数段落ちるな。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 03:58:19 ID:qdPNkRhh0
>>100のでいったら
一般的というか一般人の見解なら、
1位諸葛孔明 2位太公望 大きく離れて3位張良だとおもう。

もうちょい知ってる一般的なら、張良の兵法は太公望のやつってことを考慮して、
1位太公望 2位張良 3位以下団子状態 30~50位くらいに諸葛亮だとおもう。

軍師の括りを知に依る将軍まで広げれば、
10位以内もしくはその前後に、孫武、諸葛亮なども入ってくるとおもう。

全体的には春秋戦国の人物が上位にランクインする。
儒教の影響で古くなるほど崇められるからね。

その中で、比較的近代なのに上位に名前の挙がる劉基はやっぱりすごいんだろうね。

104 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 08:25:54 ID:AaFdn4fS0
>>103
>儒教の影響で古くなるほど崇められるからね

これが意味不明です。
春秋戦国は儒家と墨家の二大勢力がありましたが、
昔にいくほど崇められると言うのは間違いです。
誰でも崇められるわけではありません。儒家の人物だけです。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 09:07:50 ID:hpik1uIEO
>>103
諸葛亮はいくらなんでもそこまで低くないだろ

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 09:17:54 ID:Uy9HbrdS0
>>103
3位から30位の団子状態が気になる。
いったいどんなのがランクインいているんだろうか…
書き出して、その主張を教えてくれまいか?

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 09:43:07 ID:NOTJ7rHa0
 言い方悪いけど事績だけで判断してる奴はダメだよ。
神話の時代に近い人物達はともかくとして、同時代に敵対する勢力の大きさ等も考慮しなきゃいけない。
三国時代のように、3つの国家が均衡しているような状況を打破することは非常に困難であり、
魏だって蜀があそこまで疲弊するまで、攻略できなかった。(ケ艾がいなかったら、時期的に言えばもっと遅れてた)

項羽なんて自己壊滅型の人物だし、楚は項羽主体で国家としては統制力が弱いものだった。
従ってそれを滅ぼした劉邦による天下統一は三国時代に置き換えて考えることは出来ないと思う。
光武帝にも同じことが言える。



ということで、前置きが長くなったが日本における名声でいえば諸葛亮がナンバーワンで、次点として太公望や張良ではないか

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 10:17:23 ID:JiEmqUdw0
日本だと「孫子」というイメージ名が1位に入ってくると思うけど

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 11:39:57 ID:qdPNkRhh0
>>104
全面的に理解できてないようですね。
儒教の考えは「昔はよかった」です。
漢もその後の多数の王朝もほとんどは儒教国家です。
故に世間の評判は昔の人ほど高評価になります。

>>105
諸葛亮は張良のような軍師という存在でないことを知れば自然低くなります。
ですが、頭がいいってことを否定してるわけじゃないです。
知謀の臣じゃなく知将って意味で、頭の良さを比べるなら上のほうだろうと。

>>106
主張って、一般人だったころの記憶をたどればそうなるじゃない。
それとも生まれついてのヲタだったわけ?
3位以下は管仲なり劉基なり孫子なり呉子なり好きなやつ入れればいいよ。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 13:02:28 ID:Uy9HbrdS0
>>109

>>3位以下は管仲なり劉基なり孫子なり呉子なり好きなやつ入れればいいよ

あなたのそれを訊いているんだが? 質問が悪かったかな…
で、諸葛亮が30〜50位くらいになるという、根拠が知りたかっただけ。
別に、誰をあげるにしても難癖はつけるつもりはないが、それを自分が知っているかどうかで、列伝を引く対象になるでしょ。
言い切る以上、列挙しても差し支えないと思うけどな…


111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:12:07 ID:1fYhM/hGO
昌、発、旦の3代に渡り信頼された呂尚はダントツ1番でしょ。徳川3代にもそんな人物はいなかった。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:57:45 ID:qdPNkRhh0
>>110
おいらは孔明信者だから1位に諸葛亮をもってくるお

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 16:27:29 ID:Uy9HbrdS0
>>112 そこでふざけないでくれよぉ…
30人もの知らん人物がわんさか出てくるとワクテカしたというのに。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 16:35:30 ID:bz9jvOT20
伊尹は宰相?

115 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 16:37:56 ID:AaFdn4fS0
@張良
A太公望
B劉基
できまりと思うがね。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 16:48:03 ID:bz9jvOT20
知名度で言うと
太公望、張良、孫武くらいになるか

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 17:26:56 ID:mL2kAQAk0
功績だけを見ると一地方政権の宰相でしかないからなあ>諸葛亮
しかも国難を何度か救ったというのではなく、攻勢に七度出ていずれも失敗に終わり志半ばに終わっている。
ただ忠誠心を持って小国をほとんど一人で支え続け、国力が圧倒的に勝る国に対し抗し続けたという点が高評価なのだろうか?

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 17:36:41 ID:9AjiD4XmO
スレ違いになるかもだけど魏晋南北朝期から候補をいくつか

後趙の張賓、前秦の王猛、北魏の崔浩、北周の蘇綽、東晋の王導、劉宋の劉穆之、南斉の楮淵等々…
知名度は低いけどなかなかの逸材揃い

119 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 17:44:33 ID:AaFdn4fS0
>>117
諸葛亮は政治家でしょ。
蜀降伏時に国家が把握していた人口わずか100万。
諸葛亮のときもそんなに大差はないでしょ。
それで遠征し国家を疲弊させたが、国家が自滅はしなかったし、
陳寿も三国志で軍事の才能はないが政治の才能があり国家の体制を
よく保持したとか書いてるじゃん。

これが諸葛亮じゃなくて張良でもハンニバルでも結果は一緒だったと思う。(軍事面)
蜀の国力が弱いことを知っていてあえて戦わなかったのはハンニバル戦争のローマのフェビアン戦術に似ている。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 17:46:49 ID:4om5GUjSO
いろんな発明したらしいね

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 18:40:19 ID:mL2kAQAk0
>>119
だから功績だけ見ればと言ってるんだけど?
それに
> 諸葛亮は政治家でしょ。
というが、それだけじゃないよ。
政治家としては国家の体裁を整える上では至らない点もあったし、何らかの新しい画期的な制度を作り上げたわけでもない。
もちろん新しいことをするだけが政治家の能力ではないし、所詮一地方政権だから体裁という点で危急にあらずということで後回しにした事もあろうけど。
そもそも諸葛亮が目指したのは管仲・楽毅のような名宰相・名将。
またこれは劉巴伝の注だが、
> 運籌策於帷幄之中、吾不如子初遠矣。若提枹鼓、會軍門、使百姓喜勇、當與人議之耳。
とあるように謀事よりも采配の方に自信があるようなことを言ってる。
実際に諸葛亮伝を見れば軍の采配には見るべきものがある。
諸葛亮は政治家だからなんてのは意味の無い言でしかないよ。
その諸葛亮をもってすら遂に念願を果たせなかったことについて、
臨機応変の将略は、自身の言うとおり、あまり得意ではなかったからであろうか?
と陳寿は推測してるのであって、これを軍事の才能がなかったと断定してると取るのはちょっと行き過ぎ。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 19:13:24 ID:1fYhM/hGO
ショクって国をどの程度の国と考えているんだ?確かに孔明を評価しないわけではないが何年も続く帝国を打ち建てたわけでも守ったわけでもない。こう考えてみ。孔明が呉の丞相だったら

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 19:21:13 ID:Uy9HbrdS0
まぁ、諸葛亮に関しては、三戦板のがあるからここでの言及は避けるべきだな。
というのも、それらすべてスレ違い。
どういうわけか、前漢「まで」だから。
そういうわけで、春秋戦国期をメインにやるのがいいのだろう。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 21:30:51 ID:qdPNkRhh0
> どういうわけか、前漢「まで」だから。
え、それはとりあえず>>1のミスってことになってるんじゃないの?

> しかも国難を何度か救ったというのではなく、攻勢に七度出ていずれも失敗に終わり志半ばに終わっている
あれは別に失敗じゃないよ。
ストロー級とヘビー級が戦いみたいなものさ。
一発であぼんするはずが、ものすごい猛攻を見せた!
けどストロー級のパンチじゃダメージ0、そのうち疲れちゃってリタイアしちゃった、みたいな
ヘビー級の勝ちだけど、一発KOしてあたりまえなのになにやってんだよ!みたいな。
そんなすごさ。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 21:55:21 ID:ppR+39ti0
>>119
なんでここでもコテつけてんの?

126 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 21:57:22 ID:AaFdn4fS0
>>125
特に意味はなし。
自分の書いたことが区別できるように。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 21:57:27 ID:hpik1uIEO
>>112
なんだお前?バカじゃね?>>113の言うように30人出せよ、早く

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 01:21:19 ID:PvDOsAsP0
>>124 そうか、1は逆ギレしていなくなったんだっけ…
しかし「軍師」となると、それっぽい人物は結構少ないような。
軍政に携わっているようなのだったら、枢密使なんかのポジションもその部類に入るのかね?
あとは、〜王とか府軍をもっているのとか。
王や皇帝の側にいる顧問とかなら、翰林学士や端明殿学士とかで、より君主に影響力を持った人物が該当するかな?

>>127 個人非難はいいよ、もう。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 04:16:59 ID:Nsk++wqHO
前漢までか。なら呂尚、伍員、ハンレイ、呉起、管仲、司馬ジョウショ、孫ピン、ホウケン、孫武、孟賞君、楽穀、田単、ハン雎、季斯、ハン増、張良、韓信、陳平ってとこかな。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:03:01 ID:Nsk++wqHO
ワースト3板にしようぜ

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:19:59 ID:hYLRI67x0
>>130
難しいな、ちょっと例を挙げてみてくれ

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:29:05 ID:Nsk++wqHO
んー、前漢なら先ず陳余。広武君の献策を退け韓信と正面から戦うことを進言。趙を滅亡させた自己チュー軍師。フンケイの友、重耳との信頼も滅亡。って、将軍かな彼は。無難に范増辺りではどうでしょう?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:37:15 ID:hYLRI67x0
わかった考えてみる

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 15:16:39 ID:hYLRI67x0
ごめん考えつかなかった

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 22:14:35 ID:9bgUK1EQ0
>>133-134
結構頑張って考えたなw

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 22:30:33 ID:/bKBYBdP0
>>132
×重耳
○張耳 らしいよ。


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 16:51:41 ID:paAGZ4v9O
呉起はどうかな?
門閥体制を強行し、富国強兵を行い楚の領土を拡大するも、悼王亡き後、門閥の恨みが爆発して殺され、結局元の門閥体制に戻った。
その後も春申君とか門閥から名将出てるから余計な事した軍師とは言えないだろうか?

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:40:15 ID:1XppAgSm0
>>137
門閥を完全に潰したら、下の方からもっと優秀な人材がバンバン出たかもしれない。
ってな感じでどうとでも言える。不毛。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:56:43 ID:paAGZ4v9O
それは無いだろう。門閥の改革は親戚殺しが目的じゃない。ちゃんと王の権限を独立させ、有能な人間を適材適所に使うということ。
秦の時、秦以外の国の人間を追放しようとしたろ。あの時だって、政は惨殺までしなかった。
門閥を統べて潰すなんて考えが飛躍シ杉。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 19:21:42 ID:1XppAgSm0
潰せとは言ったが、殺せとは言ってないぞ。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 19:23:23 ID:paAGZ4v9O
その違いを述べよ。
呂尚は同じ事だと昌に説いた。

142 :はじめまして。:2006/11/08(水) 19:55:08 ID:ISF92ffi0
そうやってかたいこと言うな
おめえら小さいよ

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:10:25 ID:IRWHXrSX0
呉起は魏ではある程度は改革に成功したと言って良いんじゃない?
おかげで一応、戦国初期に魏はけっこう強かったし。

楚の場合は、古い国だから門閥が強くて、結局打破出来なかったのは仕方ないかも。
でも春申君って門閥というほどの門閥なのかな? むしろ中程度の貴族から出た改革派だったのでは。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:22:31 ID:paAGZ4v9O
いや、実は俺も呉起好きなんだけど流れ上ワースト3を決めないといけなくなってさ。早い話、挙げ足取り。
范増は圏内として、あと3人は必要なわけ。
でも、いいとこ突いてないか?
魏の場合もいみじくも「孫呉の兵法」と称される人ならばどうか?
楽穀の受けた田単のそれよりも稚拙な策に填まり、追われたと言えないかな?

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 16:54:52 ID:qDYJRJEe0
ワーストを決めるのなら、好きな人物ではあるけど范雎なんかは?

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 17:37:28 ID:uiKmohdz0
>>145
君主との関係が悪化して誅殺とかいう事態になる前に、潔く身を引いて
余生を送れたからワースト3には入れないのでは。悪どいことしてたけど。



147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:36:36 ID:Pc1nlmza0
ワースト候補といえば、孫臏の引き立て役の龐涓は、軍師じゃなくて将軍になってしまうかな。
あとは、三国志なら郭図あたりか。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 20:35:31 ID:uFQ0P34AO
まぁ定義としては、
○大したことしてない
○結果的にダメだった。あるいは悪い方向にいった ○誰でも出来た
○人を踏み台、あるいは殺しすぎ
○世代交代に対応出来なかった。あるいは天寿まっとうせず
こんなトコかな

呉起は二つあたってる

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 01:35:17 ID:ut4nhhzZ0
前提条件として

○頭は良かった
○主君に進言できる立場まで昇級した

がないとダメだとおもうよ。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 10:39:07 ID:fpVWmRl10
ショウカがいなければ劉邦は天下を取れなかったと思うが?


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 10:47:46 ID:GfCBhOBq0
>>150
組織作りという点では並ぶものなき功だね。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 19:17:27 ID:r/r7NGT20
楚も漢も兵士に流民が結構いたらしいから食わせてくれる方につくだろうね
漢中をまとめてからせっせと食料送ったのも勝因の1つじゃないかな

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:00:48 ID:r/r7NGT20
漢軍のNO.2ってやっぱり蕭何かな

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 10:37:25 ID:k1DC6nsqO
ショウカは軍師というよりは政治屋だな

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 10:53:00 ID:2K7yEkHz0
このスレの軍師の定義は何?かだね

俗に言う宰相的な人物を含むのか、軍の参謀的な人なのか

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 12:36:16 ID:GvN71mSEO
その辺アバウトでいいんじゃないの?もともと同じ国なんかないし状況によって国の存亡について信頼を置いていた人っつーことで。
ただ軍略家という形がここでは適当で、あるいは局地的戦闘においてのみ戦術を指南・献策した人は定義からいってズレるな。腐れ自治厨の言うスレ違いってやつ。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 13:32:51 ID:yyeeEYtt0
君主(ナンバー1)ではない。
軍事がらみの仕事もしている。
知謀に長じているとの評判。 程度で良いのではないかと。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 18:41:23 ID:Cw3aqyGt0
>>155
>>19だってさ
軍事参謀という役職は近代になってから出来たのか

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 23:40:46 ID:d9gmuYkZ0
そうゆう基準なら、張儀を強く推す。


160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 00:13:31 ID:iACSOyOMO
張儀は軍師っていうか縦横家だしなあ。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 00:42:28 ID:tu4g3BVo0
合従(縦)連衡(横)策を思想と取って縦横家扱いだけど
蘇秦と張儀の作戦と実行力は蒯通、諸葛亮の天下三分の計ぐらい凄いじゃん

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 10:15:12 ID:YUub3HffO
縦横家は外務大臣のイメージが強いな
参謀長にはなれないというイメージも含めて

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 11:22:45 ID:c6VNstcq0
そもそも同じ天下三分でも蒯通と諸葛亮のでは格が違う。
諸葛亮の天下三分の計は自然の要塞蜀に立て篭もろうってだけだし。

北伐の意義も曖昧だし、歴史に名を残すために行った「行事」であったことは否めない

魏が蜀征伐に晩年まで本腰いれなかったのは、あの自然の要塞に数万の兵で立て篭もられたら
被害甚大なのが目に見えてたから

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 12:00:21 ID:rUaFzdaC0
>>163
スレ違いだが諸葛亮の天下三分は荊州あってのものだよ。
荊州を関羽が失陥したため、より北伐に注力しなければならなくなった。
条件が変わったのに計画を大きく変更しなかった点については是非があると思うけどね。
涼州を落として三輔を手に入れることの意義が曖昧とはこれ如何に?
まあ仮に北伐が成功していても魏の天下を覆せるとこまで行けるかはわからないけどね。

ところで蒯通の天下三分って劉邦と項羽の戦いに巻き込まれず高見の見物を決め込み漁夫の利を得ましょうというものだったっけ?

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 17:05:13 ID:jJGK6tTU0
三国時代には諸葛亮以上の軍師はキラ星のように居るぞ!

荀ケクラスでさえ蒯通の格上

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:06:04 ID:c69rNJC00
張儀は屈原を失脚させたり、懐王を捕らえたり策謀化としての側面もあるが
秦の宰相になり魏を何度も討つ他、楚の領土を奪ったりしてる。
>>162のイメージは張儀ではなく蘇秦や蘇代のイメージだろ

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 00:58:17 ID:uVdIW/ro0
>>165
はいはいとっとと巣へ帰って死ぬまでそう言ってろよ。
http://hobby8.2ch.net/warhis/

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 08:41:23 ID:AVHWH0SS0
そうすると周公旦は軍師じゃないのね

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 01:45:37 ID:zctZD3M5O
周公旦は儒家によって過剰にマンセーされててどうも好きになれない

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 07:58:40 ID:I7l2r3sB0
太公望の名前が挙がってるが、彼は具体的にはどのような戦略を取ったの?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 12:44:30 ID:sMGNIJMJ0
伍子胥が一番だな。
漫画読んだだけでよくは知らんが、五月五日の祭りのネ申なんだろ?
「屍に鞭を打つ」という語源を作るなんてクールでカッコイイじゃないか。

陳平が二番だな。
漫画読んだだけでよくは知らんが、兄嫁に手だして物にした剛の者なんだろ?
倫理なんて糞としか思ってないところがカッコイイじゃないか。

太公望が三番だな。
漫画読んだだけでよくは知らんが、ようするにただの裏切り者だろ?
義理人情は糞としか思ってないところがカッコイイじゃないか。




172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 18:48:04 ID:SiQqzkT90
おれは、つられないぞ!

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:18:44 ID:qG+C1RqI0
赤龍王に陳平でてきたっけ

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:44:19 ID:BwK55QIIO
>>171
申包藷?だったっけか。
伍員の幼なじみは、かなりひいちゃってそう表現したんじゃなかったか。
クールというかヒールな逸話だと思うが・・・。


175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:53:41 ID:ang+DhZ90
蒯通の天下三分が実現された状態で匈奴が襲いかかってきたらひとたまりもなく
漢土の北半分は少なくとも匈奴に制圧されてた。
匈奴に蹂躪されたくなければ天下はどの政権であろうと統一される必要があった。



176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 13:40:38 ID:uOgGinJQ0
>>174
その後に今は反省しているという手紙を送ったので、人の道を外れているとは言い難い

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 20:30:32 ID:xtNsuKLl0
カッとなってやった、反省はしてない。みたいな手紙じゃなかったか、あれ。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 20:54:25 ID:so7z9K6D0
確かに開き直っていると取れるな
だが特に理解できなくもないのは、現代人だからかな

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 20:40:29 ID:JCgXVKV7O
>>178
しかし、日暮れて道通し……、の使い方が、なかなか事が進まなくてじ
れてる、ってことなら、確かに、やっちゃった、って意味にもとれなく
ないよね。
倒行逆施の語源だったかな

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 14:18:28 ID:6RsJnbGi0
伍子胥は春秋ではベスト3に入るだろうね
あとは?范蠡?管仲?

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:28:10 ID:SWEfWNpO0
張良は当確だろうな

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 18:05:06 ID:tjUU0DFRO
范蠡に一票!!

この人の功績や処世は後世の模範になってるんじゃないかな

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 22:36:01 ID:Dql7K9x10
狐偃 趙衰 趙盾あと鄭の祭足なんかはどうですか
まあベスト3には入らないでしょうけど

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 01:09:25 ID:/yotOLdb0
>>183
このスレはベスト3を決めるスレ

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 12:25:40 ID:7la23dhtO
>>182 いや陶朱公の方が上だろ
無一文の状態から農業で大金を稼ぐ
その大金を惜しげもなく民衆に分け与えて無一文になっても今度は相場師になって大金を稼ぐ
国の宰相になっていたら、その国は強国になっていたと思うよ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:06:11 ID:UaOFY9ub0
>>185
ネタか?
陶朱公=范蠡

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 14:28:50 ID:+Am6LsoV0
関連wiki
http://wiki.ninki.org/wiki.cgi?p=%a4%bd%a4%ed%a4%bd%a4%ed%c1%b0%b4%c1%a4%de%a4%c7%a4%ce%b7%b3%bb%d5%a5%d9%a5%b9%a5%c83%a4%f2%b7%e8%a4%e1%a4%e8%a4%a6%a4%bc


188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 23:23:22 ID:VtmQQZUoO
陳平は?
軍事も政治も失策らしいものを聞かない。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/14(木) 00:17:59 ID:hwYM2bszO
>>188
うまく謀略で切り抜けられたとはいえ、冒頓に見事に釣り出されていなかったか?

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 19:49:26 ID:xczuEqeJ0
商鞅の名前が何故出ないんだ?

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 20:33:06 ID:rhCvEyPt0
>>190
奴の場合は軍師ってよりも学者

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 23:54:22 ID:3TnlxDLSO
立法家では?

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 03:19:49 ID:qS4bGl0v0
魏の西河を切り取ったのは商鞅じゃなかったっけ。
それで黄河に頼った国防が可能になり国内を固めるのに大きな影響が出たはず。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 12:17:43 ID:gjwCsdoS0
>>193
魏が西河を失う時期は前330年頃で、商鞅の死後。
その前年に雕陰で戦争があり、秦軍を率いた人物は公孫衍で、対した
魏の将軍は龍賈。
魏は龍賈が捕虜となり、八万のうち四万五千の兵を失う。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 00:06:56 ID:r8BBwE5zO
>>193
河西のことかな?
この頃、商と何か土地を与えられて、公孫鞅から商君と呼ばれる。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 22:40:58 ID:F5jdZtEh0
対立勢力に対して必ずしも優勢とはいえない勢力に属して覇王たらしめたということで張良が頭一つ抜けてると思う。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 19:51:48 ID:1PRMy2t9O
張良も凄いけど陳平だってなかなか捨てたもんじゃないぞ。
漢では要所要所でえげつない策を打ちたて楚陣営に楔を打ち込んでいったんだし。
もし項羽の下で実力を発揮出来ていたら
張良と良い頭脳合戦を繰り広げていただろうな。
政治家としても超一流だし。宰相としての器量、謀略共に范蠡に負けず劣らずな感じもするしね。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 18:06:45 ID:p7/5zhwU0
陳平というとどうもこの人と被るな

賈詡ttp://www015.upp.so-net.ne.jp/hakumina/page013.html


199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 11:14:51 ID:LEnUNBJX0
謀略好き

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 16:50:05 ID:Tfb94ei+0
陳平と比べるには賈詡じゃ役不足

1の中だと張良、陳平、范蠡、孫武、太公望が突出してると思う

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 04:05:27 ID:Q+HGjlJ8O
そうだね!!賈蛎じゃ役不足だな。
知略なら張良、孫武、太公望に
えげつなさ、強かさなら陳平、范蠡には及ばない。
(張良もかなり強かだが)

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 21:30:37 ID:ahhooTdb0
>>200
つまり
賈詡>>>>>>>>陳平ってことかw

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 22:33:09 ID:804GQKAKO
>>202
いやこうだろw
賈蛎>>>>>>>>呉起>陳平≒范蠡

えげつなさ、ズル賢さなら呉起も負けてないぞ。
信任を得る為に妻は殺すは兵士の心を掴むためのあざとさ、
己の身を守る為に悼王の遺体は利用したりしてるし。

204 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/11(木) 00:11:06 ID:Kj4SY8uT0
陳平も范蠡も殺されていないのは無視でいいんだな。

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